第18回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み 鰓を食らい、毒を矯む

『鰓を食らい、毒を矯む』

初宿遊魚(しやけ・ゆうな)
新潟大学大学院実務法学研究科卒。
現在、ライトノベル作家として活動中。


序章

平成二二年(西暦二〇一〇年)四月一二日――
小学五年生になりたての、社会の時間だった。
おもむろに、担任の先生が口を開いた。
「そういえば、ウチのクラスには、ちょうど『徳川』と『石田』が居るな。徳川・石田といえば、日本の歴史でも一番重要な、『関ヶ原の戦い』で戦った武将と同じ苗字なんだぞ。石田三成と、徳川家康だ」
学校ではまだ日本の通史は習っておらず、進学塾に通っている数人だけが、面白そうに笑っていた。
徳川大樹(だいじゅ)は、いきなり話の矛先を向けられて困惑していた。
自分の苗字が有名な歴史上の人物であることは知っていた。それが理由でからかわれたこともあった。だけど、幼馴染の石田水瀬(みなせ)の苗字とも関係があるなんてことは知らなかった。『徳川』に比べて『石田』は良くある苗字だったから、意識していなかったのだ。
なのに、それが、殺し合いをした敵同士だなんて。
大樹は思わず水瀬を見やった。水瀬は、いつものように冷めたような表情で、先生を見やっていた。誤解されがちな、水瀬の表情。彼女のことを良く知らない人が見たら、無愛想とか怒っていると思われてしまうような、いつもの表情で。
彼女はただ、ひたすら真剣に先生の話を聞いているだけなのに。
真面目すぎるほど真面目なだけなのに。
先生は、無類の歴史好きだと噂されていた人だった。別のクラスでは算数の授業がいつの間にか歴史の面白話になってしまっていたこともあるらしい。ちょうど進級してクラス替えがあったことで、初めて『徳川』と『石田』が同じクラスになったものだから、先生もここぞとばかりにこの話をしたのだろう。
だから先生は、クラスの薄い反応にもかかわらず、嬉しそうに饒舌になっていた。
そして、どんな話であっても、水瀬は先生の話を真剣に聞いていたのだ。
「一六〇〇年、関ヶ原の戦い。今からしっかり覚えておくといいぞ。岐阜県の関ヶ原を舞台にして、東の徳川と西の石田に分かれて、その後の歴史を決定付ける戦争をやったんだからな」
「だから二人とも仲が悪いんだ。水瀬ちゃん、大樹くんのこと大嫌いだしね。あはっ」
クラスのある女子が茶化すように言って、笑いはクラス中に広がった。彼女が冗談を言ったのだから、他の女子は笑わないわけにはいかなかった。
それが、このクラスのルールだった。
そのルールに従っていない女子は、水瀬だけだった。
大樹は「違う」と言いたかった。
だけど、そう言ってしまったら、『二人は仲が良い』と認めてしまうことになってしまう……そう思ったら恥ずかしくて言い出せなかった。そうでなくても、周りから、いつも「結婚しろ」だとか「また女と遊ぶのか」なんてからかわれていたのに。
本当は、仲が悪くなんてない。家も隣同士で、誕生日も近いため、産まれたときから家族ぐるみで生活しているほど仲が良かった。
だけど、皆が居るところで仲良くしていたらからかわれるし、何より、水瀬が女子のグループからイジメられてしまう。だから極力距離を取って、それでも話す必要があるときには強く当たるようになっていた。
それがいつしか、学校に居るときだけじゃなくて、家に居るときも、ずっと距離を取るようになっていただけ……。
ただ、それでも、何かきっかけがあれば、きっと前みたいに仲良くなれる。
大樹はそう思っていた。
何か、良いきっかけさえあれば……。
そのとき、先生が窘めるように言った。
「関ヶ原では、石田と徳川が戦争をして、そしてこの戦争に勝った徳川家が日本を支配することになったんだ。この点、ウィキペディアを見たりすると、西軍の総大将は毛利輝元だって書かれることもある。だけどあれは間違いだ。だって、毛利輝元は、戦いの最中はずっと大坂城に引きこもっていたんだからな。つまり、実質的には石田三成が一番偉かったってことになる。石田三成が、強くなってきた徳川家康を押さえ込もうとした、それが関ヶ原の戦いなんだ」
先生の言葉は、まるで『石田』と『徳川』の対立を楽しむように――
「当初は、西軍の石田が圧倒的な戦力を持っていたし、軍事の専門家が見ても『西軍が負ける要素が無い』と言われるほどに優利だった。なのに、西軍は負けた。なぜか? それは、小早川秀秋を初めとして、有力な武将が次々と西軍から寝返って、東軍の味方をするようになったからなんだ」
先生は興奮したように語り続けた。
「なぜかというと、石田三成は、卑怯な男として有名だったんだ。元々『西軍』というのも、皆で家康の悪口を言い触らして、それを信じた武将たちを寄せ集めただけの軍隊だ。だから石田三成には、信頼できる仲間が居なくて、こんな大事なときでも簡単に見捨てられてしまったんだよ。このことは、私が尊敬して止まない司馬遼太郎先生の『関ヶ原』にも詳しく書かれていて……」
先生の熱弁はまだまだ続いていた。だけど、大樹の耳には届かなかった。
この関ヶ原の話が、本当に事実なのか、それとも小説・創作に過ぎないのか、当時の大樹には解らなかった。
だけど、解ったことが、一つだけあった。
『石田は卑怯者』
『石田は友達が居ない』
『だから、見捨てられても仕方ない』
そんな言葉が、わざわざクラスメイトの名前に関連づけて、他でもない担任の先生から発せられたこと――
それは、これまで水瀬をイジメてきた連中にとって、これ以上無い『正当性』を与えてしまったのだということ――

その日から、水瀬は二度と、学校に来なくなった。
もう、二度と……。

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