第18回『このミス』大賞1次通過作品 贋者江戸川乱歩

二人一役のトリックを柱にした
乱歩についての知識欲を喚起させる小説

『贋者江戸川乱歩』野地嘉文

 題名のとおり江戸川乱歩を主役に立てた不思議な探偵小説である。
「一人二役」「二人一役」といった入れ替わり、成り代わりのトリックに乱歩は魅せられていた。ダブル、ドッペルゲンガーのモチーフを作中に見出すことも容易であり、そういう点に作者は注目して「もしも」の想像を膨らませていったのではないだろうか。戦争の前後で作風を含めて乱歩が大きく変貌したことは文学史上の事実でもある。乱歩の葬式から始まるこの小説は、第一部が甲賀三郎、第二部が横溝正史、第三部は木々高太郎と、高名な探偵小説作家を視点人物として招聘するのである。第一部では、甲賀が江戸川乱歩と瓜二つの人物、平田二郎と知り合うことから話が動き始める(ご存じの方も多いと思うが、大作家の本名は平井太郎といった)。この分身のような人物が乱歩の人生にいかに関わり、周囲の人間を欺いていったかが筋立ての骨子となる。平田二郎を主役とする物語に歴史上の出来事が組み合わされ、虚実の別を曖昧にする形で語りは進められていく。
 一読して、失礼な言い方かもしれないが抜群の商品価値がある小説だと思った。本作は乱歩について知りたい気持ちを読者に起こさせる。実際にあったゴシップを盛り込んでもいるので、探偵小説史への興味も湧くはずだ。そういう意味で読者に知識欲を喚起させる小説なのである。ミステリーとしても二人一役のトリックを柱にしたおもしろさがあり、ページを繰って先を読みたい気持ちにさせてくれる。実在の作家を主役にした作例は新人賞応募作には珍しくなく、乱歩ものも過去にいくつも読んでいる。そうした類似作を寄せ付けないほどに品質が高いのは、作者が探偵小説専門誌『幻影城』の評論研究などですでに実績のある人物だからだろう。溢れんばかりの探偵小説愛を詰め込んだ小説であり、同好の士にもぜひ読んでいただきたいと思う。出版する価値のある小説だ。

(杉江松恋)

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