第17回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み 新たなる罪のプロローグ

『新たなる罪のプロローグ』

日部星花(ひべ・せいか)16歳
2001年生まれ。中等教育学校5年生。



 ――――嘘の記録が交差した時、
 死にたがりの【魔女】は、連鎖する罪に巻き込まれる。

一、土井修治の手記

……俺が【まほうつかい】の存在を信じはじめたのは、その日起きて、ベッドの側に置かれたデジタル時計を目にした、その瞬間からだった。

「……なんで、今日が七月八日なんだよ」
 そう。
 昨日は間違いなく夏休みを目前にした七月十七日だった。俺の記憶が正しければ、今日は七月十八日のはずで、七月八日ではない。
 いや、なんで……何が……? 一体何が原因で、時間が巻き戻ってるんだ? 
 大丈夫か俺の時計、とデジタル時計の故障をまず疑ってみるが、おかしいのは隅っこにデジタル数字で表示されている日付だけで、時計の方はスマホとまったく同じように時を刻んでいる。故障にしては不自然な壊れ方だ。
「どういうことだよ……」
 夏の暑さで流れた汗のせいで肌に貼り付くシャツの感覚が、いやに気持ち悪い。
 俺は来ていた服を脱ぎ捨てると、再びスマホを開く。そして画面に表示された数字を確認し、額を手で押さえる。
 あああもう、時計ならまだいい。多少不自然ではあっても、故障なのだと無理矢理納得すればいい。……だがもう、スマホにまで今日は七月八日であると示されてしまえば、もうこれは認めるしかないだろう。
 ……おかしいのは、俺の記憶の方だ。

 普段は父の遺産で自由気儘、悠々自適な一人暮らしだが、こういう類の『異変』、みたいなものが起こった時は、家族に何かを尋ねることも、得体の知れない不安を会話で紛らわすことも出来ない。
 俺は体を起こし、動悸がしてくるのを誤魔化すように焦って制服に着替えると、デジタル時計とスマホから目を逸らして慌てて部屋を出た。
 ……俺が間違っているというのなら、今までの……七月八日から七月十七日までの十日間は、全て夢だったということなのか。鮮明に残りすぎているこの十日間の記憶が、それはおかしいと脳の中で叫び続けている。
 例だって挙げられることが出来る。
 たとえば、七月八日……つまり、今日の五時間目の古典。無類の小テスト好きだと有名な田村(四十代男性教師)が抜き打ちの古文単語テストを実施して、クラス全員から総スカンを食った。
 そして明後日の総合学習の時間では、九月の下旬にある文化祭の話し合いが行われる。中心になって議論をまとめたのはうちのクラス……二年B組のボス格と言える白石瑠夏。
 彼女の口にした意見はだいたいクラスの案として採用されるのがB組の常であり、今回はなんと女装メイド喫茶だなんていう地獄が、うちのクラスの男子に待ち受けることになるのだ。
 ……そして、『昨日』、七月十七日。
 昨日は衝撃と恐怖に包まれた一日だった。
 忘れるはずがない。忘れられるはずもない。……『この記憶』が間違っているわけがないのに、どうして俺の周りの事実はその記憶を否定するんだ?
 ……なぜなら、昨日は。

 クラス一の美少女・渡辺百香が階段から落ちて死んだ日だからだ。

 ……これが夢ならばどんなにいいか。だが俺の脳には残念ながら、昨日の喧噪と悲鳴と怒号が耳にこびり付いている。いくら証拠が違うと語っても、とてもそれを信じる気にはなれない。
 どうしても昨日の出来事が、偽物だとは思えない。
「……ああくそ、」
 ……そしてやっと、俺はふとある一つの可能性に辿り着いた。
 突飛で、信じ難く、普通なら思考段階にすら上らない可能性。
 
 K県S市の【まほうつかい】。

 その【まほうつかい】が……、時間を巻き戻したのではないか、と。

   *

 ――――俺の住む町、K県のS市には、いつからだったか実しやかに囁かれている都市伝説がある。
 それは、【かみさま】に選ばれた一人の人間が【まほうつかい】となり、たった一度だけ誰かを救うために【まほう】を行使することを許される、というものだ。
 確たる証憑はどこにもないが、都市伝説を裏付けるような資料はいくつか残っているらしい。たとえば、不治の病がたちまち治ったとか、証拠も何もない完全犯罪……殺人事件だとか。
 総じて眉唾物の話ではあるが、S市民で【まほうつかい】の都市伝説について、知らない者はいないだろう。
 だからこそ畏怖されていて、話題に上ることは滅多にないのだが。
 
 ……だが、今回の『時間の巻き戻り』が、【まほうつかい】の仕業だったとしたら。
 更にもっと深く突っ込んでみると、七月十七日に死んだ渡辺百香の死を変えるものだとしたら。

 ……俺がこの十日間の記憶を全て以て巻き戻ってきてしまった理由は謎だが、そう考えれば筋が通るんじゃないのか。
 渡辺百香は前述の通り、クラス一可愛い女の子だ。クラスメイトの中には彼女に想いを寄せている男子はたくさんいるし、学年が違ってもその人気は変わらない。
 渡辺百香のことを好きな男子が、死んでしまう彼女の運命を変えようとして【かみさま】に選ばれ、【まほうつかい】となって命を救おうとしたのかもしれない。
「……いや、まさか。そんなわけ、ないよな」
 そこまで考えたところで、俺はふうと一つため息をついた。
 ……そんなオカルトじみた話が、そう簡単に起きてはたまったものじゃない。やはり、俺の記憶の方が全てリアルな夢だったと思う方がいいだろう。その方がずっと楽だ。
 とりあえず、まずはさっさと準備を済ませてしまおう。何であれ学校は行くべきで、夢だろうが【まほう】だろうが、俺が気にしてどうにかなる問題ではないのだから。
 ごくごく簡単な朝食を食べ、制服をととのえ、学校へ行く支度を終わらせる。『俺の知る』七月八日と同じように、冷蔵庫にろくなものがなかったためにトースト一枚しか食べられなかった……という事実は、頭の隅に押しやることにした。
 そして、『記憶の中の俺』と同じで、「そろそろ買い物に行かなくちゃいけないな」なんてことを考えながら、玄関で靴を履く。

 しかしドアノブへ手を伸ばし、扉を開けたところで、……そこで俺は硬直した。

「お、おはよう、修治」
「……七瀬?」

 ああ、また、改めて悟らされた。
 ……『これ』は確かに、夢なのかもしれない。俺の記憶は全て誰かの手によって捏造された偽物なのかもしれない。
 それでも、少なくとも……この十日間の『記憶』は、『予知夢』ではあるのだと。
 何故なら俺は、七月八日の朝……彼女が、桐島七瀬が俺の家の扉の前で待っているということを『知っていた』からだ。
(嘘だろ……)
 そろそろ、認めなければならないだろう。
 予知夢か【まほう】かはどうでもいい。大切なのは、俺の『記憶』の通りに歴史は進んでいく可能性が極めて高いということ。
 
 そして、恐らく――――九日後の七月十七日には、渡辺百香は死ぬのだということ。

 だから俺、夫畑高校二年B組土井修治は、この十日間の一部始終を……この手記に記録しておこうと思う。

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