第17回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み 怪物の木こり

『怪物の木こり』

倉井眉介(くらい・まゆすけ)34歳
1984年生まれ。神奈川県横浜市戸塚区出身。
帝京大学を卒業後、フリーターを経て、現在は工場勤務。


プロローグ

 一九九一年二月六日。静岡県警捜査第一課に所属する北島信三は三十人を超える同僚と共に針葉樹に囲まれた洋館へとやって来ていた。
 皆が一様に顔を険しくしている。当然だ。やっとの思いでここまで来たのだ。
 先頭の捜査員がインターホンを鳴らした。すると、しばらくして中から気の弱そうな中年男性が扉に隠れるようにしながら顔を出した。東間の夫、和夫だ。
「あの……?」
 和夫は大勢の捜査員の姿を見て戸惑う様子を見せた。その隙をついて捜査員たちが問答無用で中へと踏み込んでいく。
「あっ、ちょっ、ちょっと……」
 抗議の声をあげた和夫に捜査員の一人が令状を見せた。
「東間和夫さんですね? 裁判所からお宅の捜索許可状が出ています。いま奥さんはどちらに……」
 その二人の横をすり抜けて北島もまた洋館の中へと入った。たくさんある部屋の扉を次々と開け放って奥へと進んでいく。すると何個目かの扉を開けたところで白衣を着た、気だるそうな髪の短い中年の女を発見した。北島が睨みつけるとその女は訝しげな顔をしながらも堂々とした口調で尋ねてきた。
「何? アンタ? 人の家で何を……」
「東間翠だな? 子供はどこにいる?」
 北島は質問には答えず逆に問い質した.。すると東間は「ん? ああ」と察し、
「警察ね。ああ、そう。とうとう見つかっちゃったのね」
 と、何でもないことのように呟くだけだった。その様子に北島は苛立ちを覚えたが、捜索をぶち壊さないよう努めて冷静に振る舞った。
「状況を理解したならさっさと答えろ。子供はどこにいるんだ?」
「う~ん、どこと言われても」東間は惚けるように言った。「どっちのことを聞いてるんだか?」
「どっちだと? 何のことだ?」
「生きてる子供と死んでる子供。どっちの居場所を聞いてるの?」
 平然とした顔でそう言い放った東間に北島の顔色が変わった。気づくと北島は女性であることも構わず東間の胸ぐらをつかんでいた。
「貴様……!」
 しかし、そのまま殴りつけようとしたところで
「いました! こっちです!」
 廊下の奥から捜査員の声が響いた。それを聞いて冷静さを取り戻した北島は東間を放すと声のした部屋へと向かった。途中、救急隊を呼んでくれ、という声が耳をする抜ける。
「どうした? 子供は無事なのか?」
 部屋に入るなり尋ねると、すぐ部屋の隅に置かれたベッドが目に飛び込んできた。その上には子供らしきふくらみ。だが、顔の部分はベッドの傍らに立つ後輩の安川が邪魔でよく見えない。安川は困惑の表情で北島の方を振り返った。
「いや、その生きてはいますが……」
「何だ? どうした?」
「それがその……、とにかく、早く救急隊を」
 安川はただそう繰り返した。その様子に不審を覚えた北島は歩みを進め、ベッドを覗き込んだ。すると次の瞬間、北島は言葉を失った。
 ベッドの上には二歳かそこらの子供が包帯でぐるぐる巻きにされた状態で寝かされていた。点滴に繋がれ、傍らには生命維持装置らしきものまで置かれている。まるで大事故にでも遭ったかのような有様だ。あまりの痛々しい姿に北島の全身が小刻みに震えた。一体、この子はどんな目に遭ったというのか?
「ああ、ちょっと。その子は少し前に手術を終えたばかりよ。下手に動かさない方がいいわよ」
 後ろから東間の声が聞こえてきた。相変わらず何でもないことのように話す東間に北島は愕然とした様子のまま振り返った。
「貴様……、この子に何をした?」
「何って……、見ればわかるでしょう? 手術よ。蓋を外して中をちょっといじらせてもらったの」
「蓋、だと?」
 東間の言葉を繰り返した北島はその意味を理解し、目の前が真っ暗になった。気づくと北島は今度こそ本当に東間を殴りつけていた。
「貴様!」
 吹っ飛んだ東間を追いかけて、さらに二発、三発。その場にいた捜査員たちが止めに入っても北島はなおも殴り続けようとした。
「貴様! 子供たちに何てことを!」
 怒りよりも悲痛さを孕んだ叫びが館の中をこだました。それは北島が東間から引きはがされた後も続いたのだった。

 その日、東間夫婦の住む洋館からは四人の幼児が保護され、裏庭からは十五体の小さな遺体が発見された。
 静岡児童連続誘拐殺人事件。
 後に日本の歴史上最低最悪と称されることとなるその事件は世間への影響が考慮され、その詳細が一般に知らされることのないまま人々の記憶の奥へと追いやられていった。
 しかし、それから二十八年後  、

 三日月が空に浮かぶ夜、二宮彰はいつもの手順通り足立区にある家に向かって愛車のBMWを走らせていた。
 家といっても自宅ではない。倉庫代わりに使っている一軒家のことだ。本当はさっさと自宅の方の家に帰りたいのだが、予定外の事態が起きてしまったため、そちらに向かう羽目になってしまった。また明日というわけにはいかなかった。
 まったく……。くだらない真似をしてくれたぜ。
 黄色く点滅するだけの信号を通り過ぎながら二宮は心の中だけで舌打ちした。すると、そのときつけっ放しにしていた車載テレビから気になるニュースが流れてきた。二宮はチラリと画面を見た。
「昨日の午後八時ごろ、東京都練馬区の畑で都内に住む銀行員。村上武彦さん、三十二歳が殺害された事件で、警視庁は都内で続いている東京都連続死体損壊殺人事件と同一の犯人による犯行であると断定しました。警視庁によりますと村上さんの頭部には他の被害者と同様に……」
 それは先月から続いている連続殺人事件に関するニュースだった。二宮自身は事件に対して何の興味もなかったが、五人もの人間が殺されていることで世間はこの話題で持ち切りとなり、当然、警察も血眼になって犯人探しをしていた。
 二宮は今度こそ本当に舌打ちしたくなった。
 しまった。そう言えば昨日もひとり殺されたとか言っていたな。とすると大通りは避けないとまずいか。
 事件を受けて警察は最近、都内のあちこちで検問を張るようになっていた。死体は殺害場所にそのまま放置されているそうなので検問を敷いたところで何の意味もないと思うのだが、それでも警察は頻繁に検問を敷いていた。事件の直後かどうかも関係なし。おそらく止まらない連続殺人に対して何かしらの策を講じているとアピールするためだけに検問を敷いてるのだ。まったく迷惑極まりない話だ。
 この調子じゃ今夜は徹夜になるかもしれないな。
 うんざりしながらも、しかし、二宮は大通りを避けるためにハンドルを切った。なぜならBMWのトランクにはある男の死体が乗せられていたからだ。
 二時間ほど前、二宮は帰りの車の中で後をつけてくるアウディの存在に気がついた。バックミラー越しに見た限りでは運転手はスーツを着た小太りの男。年齢は二宮と同じ三十前後と思うが、顔にはまったく見覚えがなかった。
 なので、はじめは警察にマークでもされたのかと思ったが、警察にしては高級すぎる車に接近しすぎの下手くそな尾行ぶりから、すぐにその考えは捨て去った。
 尾行しているのはまず間違いなく素人。だったら遠慮はいらない。二宮はひと気のない廃倉庫前でBMWを降ると、ノコノコついてきた運転手の首を絞めて気絶させてやった。  
 目的はもちろんじっくり話を聞いてやるためだ。普通の人間なら少し脅かすだけで簡単に口を割る。事実、目覚めた男ははじめ知らないふりをしていたが、後ろ手に縛った手の指を一本折ってやると、すぐに洗いざらい喋り始めた。
 それによると、男の名は矢部正嗣で、年齢は三十歳。二宮の友人が働く病院の医師で、その友人の身辺を調べるつもりで二宮のことも調べておこうとしたとのことだった。
「ううん? それじゃあ、お前の本当のターゲットは俺じゃないということか?」
 二宮が眉を寄せて聞くと、男は脂汗を滲ませながら必死に頷いた。
「は、はい。そうなんです。わたしが調べていたのは樫野で……、か、樫野はわたしの病院の次期院長候補なんですが、わたしはその対立候補の側の人間とでもいうべき立場でして……、それで、その、何か弱みを握れないものかと思った次第で……」
「つまり次期院長争いというわけか。だが、現院長の引退はまだ先のはずじゃないか? それなのにもう尾行までして相手のことを調べるのか? しかも俺のことまで。友人といっても俺とアイツは年に一、二度会うかどうかってレベルの間柄だぞ?」
 その程度の知り合いをまだ本格的な争いが始まる前の段階で尾行までして調べるのか、と、二宮は疑わしそうに尋ねた。すると矢部は言いにくそうにした。
「それは……、その、実は前に二宮さんが手を切ってうちの病院に来たとき、何やら彼とコソコソ話しているのを見てしまいまして……。そのときの様子が普通ではないような気がしたので、それで……」
「俺を調べればアイツの弱みを握れるんじゃないかと考えたわけか……」
「え、ええ……。まあ、はい。その通りです」
 矢部が恐る恐る認めると、二宮は腕を組んで、ふむ、と唸った。

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