第17回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み クロユリの花

『クロユリの花』

浅葱惷(あさぎ・しゅん)30歳
会社を退職し、現在無職。


 プロローグ

 人通りの少ない丘の上に街を見下ろすようにしてその高校は建てられていた。
 私立藤ヶ丘高校の校門前に、朝から似つかわしくない白と黒で配色された車が数台停まっていた。校門を通る生徒たちは皆、その光景を横目に通り過ぎていく。制服を着た大人たちが忙しなく車と校舎を行き来するのを、好奇心の混じった瞳で眺め、それぞれが噂する。
 制服を着た大人たちは腰に拳銃をぶら下げていた。その格好から、警察だという事がわかる。その中に制服を着ていないスーツ姿の男が二人混じって歩いていた。一人は短い髪をワックスで後ろに流し、身長が百九十センチ以上はありそうな日本人離れした巨体の持ち主をした三十代くらいの男で、もう一人は黒縁眼鏡をかけた白髪が斑に生え、背筋を丸めながら歩く五十代くらいの男だった。若い男に並んで歩くと、まるで小人のように錯覚してしまう。
「いやぁ、高校で事件だなんて嫌だよね。八月朔日くん」
 隣を歩く巨体の男に優しい声で話しかけた。八月朔日と呼ばれた男は肩で風を切って歩きながら頷いた。
「本当ですね。海老谷さんの言う通り。学び舎で事件を起こすなんて最低な奴です」
 身体と同じくらい大きな声で答えた。海老谷は肩をビクつかせる。
「君ね、声が大きいよ」
「こりゃ、失礼しました」
 二人は階段で最上階まで上った。屋上にはすでに複数の警察官が現場検証をしている最中だった。その中心には一人の少女がいた。海老谷は少しずつ近づいていき、その少女を見下ろした。
 少女はフェンスに寄りかかるように背中を預け、静かに座っている。まるで眠っているかのように穏やかな顔だった。少女の身体の上には、その穏やかに見える死に似合わない闇のように真っ黒な百合の花が一輪、置かれていた。それは手向けの花のようにも見える。
「死因は?」
 海老谷が近くにいた検視官の肩を叩き、尋ねる。
「首に絞められた跡があります。おそらくは首を絞められた事による窒息死だと思います」
「絞められた? それにしては衣服も整っているし、争った形跡もなさそうだけど。抵抗しなかったのかな?」
「もしかしたら薬物を飲ませられた可能性がありますね」
「眠っている時に首を絞めたって事か」
「はい。手で強く絞めたみたいですね」
「わざわざ手で」
 海老谷は少女の首元を眺めた。赤黒く残る線は手の形を残し、痛々しいものだった。
「眠らせてから手で絞めたって事は、計画殺人ですかね?」
 八月朔日が海老谷に覆いかぶさるように覗き込む。
「八月朔日くん。影になって見えないよ。ただでさえ君は身体が大きいんだから」
「これは失礼」
 影がなくなり明るくなった少女の顔を海老谷はさらに見つめる。
「制服のところに血が付いてるね。彼女、どこかケガでもしてるの?」
「いいえ。どこにも出血箇所は見当たりません。犯人のものかもしれません」
「計画的犯行だとして、こんなわかりやすいところに血を残していくなんて、犯人は相当な間抜けだな」
 海老谷は肩を竦めた。そして再度、少女の首元に目をやった。
「あれ? その首元にかかってるのってなに?」
 検視官は首元が見やすいように丁寧にセーラー服の襟をずらした。チェーンに通された三つの指輪が現れる。指輪の内、二つは小さなブルーダイヤが装飾されていた。片方だけ少し色が薄い。
「ちょっとさ、それ取って見せてくれる?」
 検視官はゆっくりと少女の首元からチェーンを外し、海老谷の手に渡した。どれも指輪のサイズはバラバラだった。海老谷は一つだけ指輪を手に取ると、その内側を注視した。
「これ、日付とイニシャルが入ってるね」
 他の二つの指輪も同じように内側を見る。同じように日付とイニシャルが彫られていた。
「イニシャルは全部バラバラですね」
 海老谷に手渡され、八月朔日も指輪の内側を眺めた。
「これなんて日付違いますし、これは二つ日付が彫られていて、その一つは片方のものと一致しますけど、もう一つの日付は約二年前の日付が彫られていますね。二年前っていえば、日付は違いますけどこの指輪と近い」
 宝石のない指輪の内側には二〇〇〇年八月一日とSNのイニシャル。濃いブルーダイヤが付いた指輪の内側には二〇一五年十一月一日とNNのイニシャル。薄いブルーダイヤが付いた指輪の内側には二〇〇〇年八月一日、二〇一五年十二月十三日とYNのイニシャルが彫られていた。
「なんですかね? この日付は」
「なんだろうね。すべて最後にNが付くから、彼女の親族とかのかな?」
「遺体の苗字にNのイニシャルは付かないですよ。被害者の名前は黒百合七瀬。この学校に通う高校一年生ですね」
 検視官が被害者の名前を伝えた。海老谷はじっと指輪を見る。
「それじゃあどんな関係があるんだ?」
 海老谷は首を傾げた。頭を掻き、持っていたチェーンも八月朔日に預けると、「証拠品としてしまっておいて」と告げた。
「他には?」
「他は、目立った特徴はありませんね。ああ、コンタクトをしていました」
「それだけ?」
「ええ。今のところはそうです」
「そう」
 海老谷は残念そうに顎を撫でた。
「遺体の状態から死後二時間以上は経過しています。状態からみておそらく死後四時間は経過していないと思いますが、気温が低いですし、目を開いたまま亡くなっていたので、詳しく調べて見ない事にはわかりません」
「発見時間は?」
「午前七時三十分です」
 黒百合の遺体に目を向け、頷いた。
「それで、第一発見者はどなたかな?」
 手を擦り合わせ辺りを見渡している。ジャージを着た角刈りの男が屋上の入口の隅っこに座っている姿が目に入った。海老谷はゆっくりと近づいて行った。
「どうも。わたくし、こういうものです」
 海老谷を見上げる男に警察手帳を掲げた。男は警察手帳に書かれている海老谷の名前を声に出して読んだ。
「第一発見者はあなたですか?」
「ええ。そうです」
「お名前をお伺いしても?」
「はい。木村淳史といいます。この学校で体育教師と生活指導をしています」
「そうですか。では、木村さん。発見時の状況を詳しくお聞かせいただけますか」
「私が学校に来た時、ふと屋上を見たんです。なんというか、校門を通った後に空を見上げるのが癖でして。そうするとですね、屋上に人影が見えたんです。この学校は普段、屋上の立ち入りを禁止しているので、叱ってやろうと思ったんです」
 木村は床を見つめ、一息飲んだ。そして震える声で続けた。
「屋上の鍵は開いていました。勢いよく扉を開けると、目の前に黒百合が座っていたんです。こちらに目を向けないから寝ているのかと思って、声を張り上げながら近づいて行ったんです。でも、全然起きなくて、それで覗き込んだら、その……目を開けていたんでおかしいなと思って、もう一度名前を呼んだけど、起きないんです。それで肩を揺すってみたら固くなっていて……よく見たら首が赤黒くなっていたんです。それで口元に手をかざしてみたら息をしていなかったんです」
「そうですか。触れたのは肩だけですか?」
「はい。肩だけです。それで、すぐに警察に電話しました」
 普段は威勢がいいであろう体育教師が、顔を青くさせ、頼りなく背中を丸めて震えている。死体など初めて見たのだろう。大きく息を吐いては目を指で押さえ、見た光景を忘れようと首を振る。
「黒百合さんはどんな子でしたか?」
「そうですね。真面目な生徒だったと思います。ただ、少し大人びた雰囲気があって、浮いているような気がしました。それでも、話しかけられれば話を返すし、嫌われている訳ではなかったと思います」
「一人でいる事が多かった?」
「そうですね。大体一人でいました。あっ。彼女は天文部なので、天文部の生徒といるところはよく見かけましたね」
「天文部? 星を見たりする?」
「ええ、そうです。あとは……野田といるところをたまに見かけましたね」
「野田、というのは?」
「野田将生という名前でこの学校の生徒です。三年生ですね」
「それは、黒百合さんの彼氏とかですか?」
「どうなんでしょう? そういうのはわからないですね」
「そうですか。どうもありがとうございます」
 海老谷が頭を下げると、木村も力なく頭を下げ、そして大きな溜息を吐いた。
「どうしたんですか?」
「いやね、二年前も天文部の生徒が自殺してるんですよ。嫌だな、と思いましてね」
「そうなんですか? その子の名前は?」
「確か……あっ、新垣七瀬という名前だったと思います」
「なんでまた自殺を?」
「学校に馴染めずに自殺した、と聞いています」
「そうですか」
 海老谷は再び木村に頭を下げて現場検証へと戻った。戻る際、ちらりと振り返り、木村を見たが、顔は青ざめたまま力なく座っていた。
「海老谷さん、被害者の住所わかりました」
 八月朔日が屋上の入口で叫んだ。海老谷は煩そうな顔をして手を上げた。わかったという合図だった。

ページ: 1 2 3