第17回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み Cide Story

 愛梨が経験した地獄。
 それと同じ地獄はどこにでもある。
 しかもその地獄を乗り越えたあとでも、こうやって複製され、延々と拡散されていく。被害者にとって、地獄はどこまでも追いかけてくる。
 そのことに、怒りとやりきれなさをぼくは感じる。
 ネット監視官であるぼくは、そういった感情的な反応を抑えて、つとめて冷静に映像を分析しなければならない。アルゴリズムが自動で追加したタグに間違いがないか確認し、足りないタグは追加していく。
 割り振られた映像コンテンツをざっと見て、ぼくはまず、「暴力」というタグを追加した。映像の中の女性は頰を腫らし、頭から血を流している。この映像の前に暴力行為があったことは容易に想像がつく。
 ならばなぜ、アルゴリズムが「暴力」タグを付与しなかったのかといえば、映像の中には殴る蹴るなどの行為が直接的には写り込んでいなかったからだろう。撮影者は女性に暴力をふるい、自由を奪った後で撮影を開始した。
 アルゴリズムは推測が苦手だ。だからこんなふうに、人間であれば容易に想像がつくことを見逃してしまう。監視官の存在意義の一つは、こうして、アルゴリズムの弱点を補完することだ。
 暴力のタグが追加されたことで、カラーインジゲータには赤の成分が足されたはずだった。けれど、その変化がわからないくらいに、すでにその色は穢れていた。
 引き続き映像を見ながら、アルゴリズムが付加したタグに承認を加えていく。
 女性を組み伏せている男が何を目的にしているのは明白だった。女性は血を流しながら、男の望むことを拒否していた。
 となれば、出血も性描写もレイプも、文句なく成立する。推測が苦手なアルゴリズムも、直接的に描写されていれば、かなりの精度で映像を判別できる。
 映像を一通り見終わってから、最後に「捜査の必要あり」というチェックボックスにチェックを入れた。
 昔、性的なコンテンツを人目に触れない環境で密かに楽しむことが許されていた時代には、女性を屈服させることに快感を覚える人間の欲求に応えるために、そういった内容の映像コンテンツがフィクションとして作られていたという。その時代に作られた映像コンテンツは今でもコピーされてネットに公開されることがある。そういった類のコンテンンツであれば、監視官としては削除に指示を出すだけで、警察に追加の捜査を要請することはない。
 けれど、今回の映像は手ぶれがひどくて見にくく、どう見ても素人が撮った作品だ。鑑賞用に作られたものとは思えないし、男女の間に合意があって撮影されたものにも見えない。それに映像の画質が十数年前とは比べものにならないほど高精彩なもので、この動画が最近撮影されたものであることを示している。
 つまりこの動画に収められた行為は最近行われたものであり、まだこういったコンテンツが規制される前の時代に、エンターテイメントとして撮られたものではない。
 最近犯罪を犯した人間が、自分の行為を見せびらかして、さらなる満足感を得るために、映像をネットに公開したのだろう。それをブリーチのネット走査アルゴリズムが探し出し、ぼくのもとへ審査対象として送りだした。そんなところだ。
 審査対象コンテンツに犯罪の疑いがある場合、監視官は警察に捜査を依頼する。これも監視官の役目の一つ。自分たちの報告がどれだけ警察の役に立っているのかは知らないけれど、ボタン一つで社会の浄化に貢献できる可能性があるのであれば、安いものだ。
 審査結果の送信ボタンを押して、ブリーチのサーバーに「このコンテンツは黒である」という旨の審査結果を報告する。これにより、日本国内をしているプロバイダ各社に、コンテンツへの接続切断要請が行われる。プロバイダはその要請に従い、対象コンテンツのピュアネットへの接続を切る。
 接続対象となったコンテンツは記録のためにブリーチのサーバーにダウンロードされる。
 コンテンツを保存するのは、なるべくネット監視官の手をわずらわせることなく、審査を行いたいためだ。一度削除対象コンテンツに指定されると、全く同じコピーはネット走査アルゴリズムが発見した場合に、ネット監視官の審査を必要とせずに削除される。こうしてネット監視官の負担を減らすことができる。
 とはいえ、ネットに穢れたコンテンツを上げる拡散者たちも一筋縄ではいかず、全く同じコンテンツをアップロードすることはほとんどない。似たようなコンテンツでも、ところどころにノイズをかけたり、シーンを入れ替えてみたりと加工を施す。
 融通の利かないネット走査アルゴリズムは、そんな単純な撹乱にも対応しきれず、違うコンテンツであると判断してしまう。ブリーチの技術部門はこの撹乱に対応しようと必死だけれど、穢れたコンテンツの拡散者たちのほうが優勢な状況にある。
 そういう事情もあって、ぼくらネット監視官は、新しい穢れの他に、過去に削除した穢れと見た目にはほとんど変わらないバージョンを何度も見ることがある。
 昔、消したはずの穢れに再会したときの気分は最悪だ。自分の努力が報われていないような、やりきれない気分になる。
 ピロン。
 ぼくの出したコンテンツの接続切断申請が、システムに受理されたことを知らせる音が鳴る。同時に、拡張現実の視界上に新しいウィンドウが開き、ブリーチの社内開発ソフトの一つ、 “カンダタ” が起動する。ネットに漏れ出した穢れの源泉を突き止める権限が、ぼくに付与される。
 こうして監視官のもう一つの役割である「追跡」が始まる。

つづく

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