第17回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み Cide Story

 父の火葬にかかった時間は、一時間ほどだったと思う。
 その間、葬儀の参列者は火葬場の待合室で待っていた。
 大人たちは待合室で、久しぶりに再会したお互いの身の上話や、葬儀に参加しなかった親族のうわさ話などをして時間を潰していたけれど、子どものぼくにはそんな話をする相手もいなかった。ロイはいつの間にか姿を消していて、遊び相手のいないぼくは退屈していた。
 一時間という時間は大人にとっては短い時間だけれど、子どもにとっては一日のように長い時間だ。ぼくは退屈さに耐えきれず、大人たちが談笑する中をくぐり抜けて火葬場の待合室を出た。
 炉の入口が四つ並ぶホールへ行った。どの炉も同じデザインだったから、父がどの扉の向こうにいるのか、ぼくにはすでにわからなくなっていた。真ん中の二つのどちらかだったと思うが、自信はなかった。
 大理石の壁が冷たく光を反射していた。この壁の向こうで人の身体が燃やされているなんて想像ができないほど静かだった。
 ホールを抜けてガラス張りの正面入口へ行った。入口のガラスの向こう、建物の外にロイの姿があった。身体を火葬場の建物のほうへ向け、視線は空を見上げていた。
 良い話し相手を見つけた。そう思ってぼくは外に出た。火葬場の入口の扉を開けると、真夏の熱い空気が肌に当たった。
「何を見ているの?」
 ぼくはロイに近づいて訊いた。
「煙、見えないね」
 ロイが言った。視線はぼくに向かず、空を見上げたままだった。
 ぼくはロイの視線の先へ目を向けた。そこには火葬場から伸びる煙突があったけれど、ロイの言うように煙は見えなかった。あの煙突の下では、ぼくの父親の身体が燃やされているはずなのに。
「本当だね」
「実際は煙が出ているんだけど、見えなくなるように処理してから、外に出しているんだって」
「どうして?」
 ぼくの問いかけに、ロイは少し悩んでから答えた。
「煙なんか誰も見たくないからかな。それが人間の体を焼いた煙ともなればなおさら」その声音はどこか悲しげだった。「見えないけど煙は出ている。無色無臭になるように、様々な機械や技術を使っている。けれど、そうやって覆い隠したとしても、煙がそこにあることは事実なんだ。透明な煙と一緒に魂も、天に昇っていく」
 ぼくのほうを見ずにロイは言葉をつむぐ。その姿を見て少し心配になった。
「ロイ、どうしたの?」
 ロイは煙突を見上げながら、軽く首を振った。
「何でもない」
 ロイの表情があまりにも悲しげで、ぼくは思わず訊いてしまう。
「ロイ、泣いているの?」
 ロイはアンドロイドだ。泣くわけがない。より正確に言うのなら、泣けるわけがない。
 人間を模倣するものとして、セレンディップはアンドロイドを造った。けれど、そんなアンドロイドの創造主も、アンドロイドに涙腺をつける意味を見いだせていなかった。だから、アンドロイドには泣くために必要な機能はなく、したがって、アンドロイドであるロイが泣けるはずがなかった。
「泣く? ぼくは泣けないよ」
 知っていた。それでも、ロイの表情が悲しみに満ちていたから、ぼくは訊かずにいられなかったのだ。
「ぼくは泣けない。そんな機能はないからね」
「悲しいの?」
「それはわからない。少なくとも、悲しみという感情がプログラムされているわけじゃない。
 けど、……うん。これは、悲しいとか寂しいとか、そういう類いのものなのかもしれないね」
 言い終えると、ロイはぼくをまっすぐに見た。ありえないことだけど、ぼくはその目に涙が見えた気がした。たとえ涙がなくても、そこには哀しみが間違いなくあった。
 ロイがぼくに問いかける。
「陽は悲しくないの?」
 その問いかけに、ぼくは問い返した。
「何がそんなに悲しいの?」

2

 ぼくの意識をブリーチのネット監視課のオフィスに戻したのは、端末が発した音だった。
 マネージャーソフトからの仕事を再開しろとの合図だ。
 一仕事終え、一息ついていたぼくはやれやれとため息をつく。前の仕事を処理してから、まだ五分もたっていなかった。
 監視課はネットにあふれ出る公序良俗に反した違法で穢れたコンテンツを審査し、規制する部門だ。審査するために穢れたコンテンツを視聴しなければならず、それを見続けるのは、ぼくにとって精神的に苦しいものがある。
 マネージャーソフトはそのあたりの疲労度も考慮して、適宜休息を入れてくれるという触れ込みなのだが、十分な休息を取らせてもらったと感じたことは、今まで数えるほどしかない。
 ため息をついている間に、拡張現実が展開する。ぼくがつけているコンタクトレンズが、拡張現実を投影するモニターの役割を果たしている。
 それまで何もなかったデスクの上の空間に四〇インチほどのウィンドウが現れる。ウィンドウは左右で二つに分割されていて、左側は審査対象コンテンツを、右側はそのコンテンツのタグを表示するスペースになっている。タグスペースには、アルゴリズムによって自動判定された審査対象コンテンツの属性が次々と並べられていく。
 動画、出血、性描写、レイプ。
 タグスペースに付け加えられていく文字列は当たり障りのないものから、だんだんと穢れを伴った、具体的なものになっていく。タグが加えられていくと同時に、スペースの脇にあるカラーインジケータの色が変化する。コンテンツの内容を色相で表現しているのだ。
 今日のピュアネットの基調色は R:243 G:243 B:243の乳白色。
 ピュアネットの穢れの尺度であるその色を、R:255 G:255 B:255の純白にすることが、ネット監視の理想形だった。
 とはいえ、理想というのは達成されないから理想であるわけで。
 ぼくらネット監視官の働きで、行きつ戻りつを繰り返しながらも、ゆっくりとだが、ピュアネットの色は純白に近づいている。けれど、残念なことにピュアネットの基調色が純白になったことは、今まで一度もない。
 色のついた穢れたコンテンツが存在するかぎり、純白が訪れることはない。
 ぼくらネット監視官はピュアネットを清らかなものとして維持すべく、穢れたコンテンツを判別し、排除する。けれどいくら穢れを排除してもネット上には次々と新しい穢れがアップロードされ拡散されるから。ほとんどいたちごっこの状態だった。
 ウィンドウ上では、それぞれのタグに設定された色が、乳白色のパレットに加えられていく。「出血」は赤、「性描写」はパッションピンク、「レイプ」はどす黒い血のような赤というふうに。途中、「動画」というタグが生成されたが、穢れとは関係のない中立的なタグなので透明だ。
 様々な色が混ぜ合わされることで、インジケータの色相は純白とは正反対の、穢れた黒に近づいていく。
 タグの追加が終了したとき、カラーインジゲータが示していたのは、 R:17 G:13 B:19”の限りなく黒に近いグレーだった。
 監視官の役割には、大きく分けて二つある。「審査」と「追跡」だ。監視官がまず行うのは、「審査」の部分。コンピューターが生成したグレーが、人間にとって純粋な黒であるかどうかを、最終的に判断するのがネット監視官の最初の仕事だ。
 ため息をつく。
 審査をするには、コンテンツを見なければならない。
 嫌々ながらも、ぼくはコンテンツの再生ボタンに手を伸ばして、審査対象の動画コンテンツを再生する。
 聞こえてきたのは女性の悲鳴と興奮した男の息遣い。手持ちと思われるカメラが激しく揺れながら女性の顔がアップになった。右の頬が紫色に変色して腫れている。額から血が一筋の線を引いて頰につたっていた。自分の身に起きていることを否定しするように、女性の眼はきつく閉じられている。
 その女性の姿が愛梨と重なり、ぼくの身体が強張った。

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