第16回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み『悪魔の笛』

『悪魔の笛』

高栖匡躬(たかす・まさみ)55歳
1961年生まれ。芝浦工業大学 通信工学科卒業。会社取締役。


    プロローグ

2004年11月5日――神奈川県 等々力陸上競技場 
全国高校サッカー選手権 神奈川県予選 二次予選準決勝
神奈川県立新横浜南高校 × 私立湘南常陽学院

 0対0で迎えた、後半アディショナルタイムの終了間際――、青のユニフォーム、荒井一平が所属する新横浜南高校は劣勢だった。
白いユニフォームの湘南常陽学院がボールを支配。GK(ゴールキーパー)とDF(ディフェンダー)だけを自陣に残し、全員がゴール前に攻め上がってくる中、味方DFの相馬が、相手のパスミスに乗じてボールをカット。すぐにそのボールはボランチの上田に渡った。上田はチームの司令塔だ。
――これがラストプレイ!
そう脳裏に閃いた1トップの荒井は、反射的に相手陣内に向けて全力疾走した。脚力には絶対的な自信がある。目の端にチラと副審の姿が映った。そのポジションは、敵DFの最終ラインよりも手前側。
――行ける!
荒井は右手を上げながら、そのままレフトサイドの、敵DFの裏に走り込んだ。
上田のフィードのタイミングは、肌で分かっている。
荒井の動き出しはこの時、ほんの一拍だけ早かった。今日の副審ならば、確実にオフサイドを取るタイミング。しかし荒井は賭けに出た。今の副審の位置からは、正確なジャッジはできないはず――
振り返ると、上田からピンポイントのロングパスが飛んでくる。
――狙い通り!
荒井は、ボールの勢いを殺さないよう、胸でワントラップして、進行方向側にはじく。
オフサイド・フラッグは上がっていない。
――しめた!
ファーストタッチでディフェンダーを一人置き去りにして、ドリブルでゴールに迫っていく荒井。ピッチの右翼では、右CB(サイドバック)の谷村が、手を上げているのが見える。
パスをするか? 
――いや、ここは自分で決める。
ラストプレイだ。サイドチェンジをしている時間などない。
トップスピードのままボールをキープし、短いフェイントで、もう一人の敵DFの右を抜く。
目の前には敵GKが、大きく両手を広げて荒井を睨みつけている。
相手チームの選手たちが一斉に、荒井のシュートコースを塞ぎにかかる。しかし荒井には、ゴールの右上隅のスペースが、まるでゴール一個分もあるかのように、ぽっかりと空いて見える。

荒井の左足がペナルティ・エリアの中に踏み込んだ瞬間、目の前の選手たちの動きが、急にスローモーションになった。
――あの感触――
ゴールが決まるときは、蹴る前から分かる。アドレナリンと研ぎ澄まされた神経がそうさせる。
爆発している筋肉とは裏腹に、頭の中は冷静だ。
あの広い右上隅のスペースに、蹴り込むだけ。簡単なことだ。

左の軸足に全ての運動エネルギーと全体重が乗る。後は右足を振り抜くだけだ。
シューズ越しに、荒井がボールの感触を予感したその時だった。
何かが破裂する音――、同時に体が宙を舞った。

青空? 何? 風景が回る。
右肩と右頬が地面に触れた――
気を失うほんの一瞬前、芝の青い匂いを嗅いだような気がした……

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