第16回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み『密告裁判』

『密告裁判』

KAnon(カノン) 37歳
1979年、宮城県出身。東北大学大学院博士課程前期修了後、私立中高の教員を経て現在は執筆活動に専念。横浜市在住。


序章 密告裁判

 一月七日、土曜日。三学期の初日の朝にそれは起こった。
まばらに登校する生徒の頭上から黒い塊が落下すると、次の瞬間、冷たく引き締まった空気を打ち砕くように鈍い音が鳴り響いた。都心では珍しく降り積もった真っ白な雪の上に、鮮やかな花を咲かせるように鮮血が飛び散る。
そしてそこには女子生徒の死体があった。
 法条創守(ほうじょうそうま)は目の前で起こった事態に呆然と立ち尽くし、女子生徒の死体を見つめていた。惨劇を目の当たりにした生徒たちの悲鳴で騒然とする中、幾人かの生徒が声を潜めて囁きあうのが聞こえる。
「これってまさか……」
「ああ、きっとそうだよ」
「本当に執行されたのか……?」
周囲の言葉を聞きながら、創守の脳裏に昨年末の出来事がよみがえるのだった。

          *

 法条創守は全国屈指の超進学校、私立帝裁(ていさい)学園高校の二年生で、長身で端正な顔立ちと、成績トップクラスの頭脳をもつ秀才だ。常に冷静でどこか冷めた目で周囲を見るところもあるが、正義感が強く思いやりのある人間だった。
 帝裁学園高校は政財界の子息令嬢をはじめ、将来を担うエリートが集う学校だ。気の合う生徒もいればそうでない生徒もいる。親同士が商売敵の生徒もいる。表向きは誰もがうらやむエリート校だが、誹謗中傷や足の引っ張り合いも珍しくなく、厳しい覇権争いが学校という社会ですでに始まっているようだった。
その中でも創守は信頼が厚く、誰からも一目置かれる存在だったが、彼自身は覇権争いを嫌い、気の合う仲間と他愛のない会話をして過ごす、ごく普通の高校生活が何よりも好きだった。そんな平穏な生活に変化が生じたのは二学期が終わる頃だった。
十二月二十四日、土曜日。期末試験もだいぶ前に終わり、二学期の終業式も終えたクリスマスイブの日だった。世間では冬休み一色だが、超進学校の帝裁学園高校は例年三十日まで冬期講習が実施されることになっていた。午前中は通常どおり登校し、午後は希望制の特別講習が組まれていた。
 始業は午前八時三十分。創守はいつも八時前後に登校していた。この日も午前八時に昇降口を通り、自分の教室に向かった。
創守の教室は六階建ての校舎の四階、二年F組だ。ちなみに帝裁学園高校は一学年約四〇〇名、全校約一二〇〇名の中規模校で、各学年A組からJ組までの十クラスで編成されていた。
 創守がいつもどおり自分の席に着くと、隣の席の男子生徒が挨拶もそこそこに話しかけてきた。
「なあ、この前の期末テストでC組の織田が一位とったじゃん?あいつカンニングしたって噂だぜ」
 そう言って創守にぐいと顔を近づけてくるのは、創守とよく行動をともにする朝倉裕太(あさくらゆうた)だ。ややずんぐりとした愛嬌のある男で、これでも大病院の跡取り息子だ。新聞部に所属していることもあって、学校の情報には敏感だった。
「ふうん。そう……」
 朝倉の言葉にそっけなく創守が返す。
「何だよぉ、それ。だってお前一点差で二位だったんだろ?本当にカンニングだったらお前がトップじゃんか」
「細かいことはどうでもいいよ」
 創守の反応に朝倉がつまらなそうにすると、さらに別の男子生徒が会話に加わった。
「創守は順位なんかに興味ないんだよ」
 そう言うのは生徒会長の鷹司博之(たかつかさひろゆき)だ。細身の長身で、清潔感と気品にあふれた男だ。父親は一流企業の鷹司商事の社長で、伯父は警察庁のキャリア官僚だった。彼も創守に劣らず正義感にあふれ、そのためか伯父をいたく尊敬していた。
「よう、鷹司。そう言うお前も順位を気にしない秀才だしな。すみませんね、俺は大したことなくて。あー、ちょっとでも成績上げたいぜ」
「そうすねるなよ。この学校で悪くない成績なんだから、世間一般じゃ優秀じゃないか。なあ創守?」
「おい!それって遠回しに自慢してるだろ?」
「おや?バレたか」
 二人のやり取りを横目で見ながら創守はくすりと笑い、いつもと変わらない平穏な日常を噛み締めた。超進学校でも気心の知れた仲間同士の会話は他愛のないものだ。気の休まらない競争社会において、気を許せる仲間との時間は創守にとってかけがえのないものだった。
「おい!これ知ってるか?」
 そう言って三人のもとにやって来たのは伊達秀人(だてひでと)だ。短髪にがっちり体系のスポーツマン風の男で、家は代々都議会議員を輩出する議員の家系だ。そんな家柄のためか、伊達は様々な情報をキャッチするのが異常に早く、この日も彼の手には一枚のビラが握られていた。
「何だこれ。『密告裁判』……?」
 怪訝そうにビラをのぞき込みながら鷹司がつぶやいた。

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