第16回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み『星になる』

『星になる』

黒川慈雨(くろかわ・じう)30歳
1984年生まれ。東京工芸大学デザイン学部中退。アルバイト。


序章

 星がきれいな夜だった。
あんまりすばらしいから、ぼくはしばらくのあいだ見とれて、そうだ、110番しなくちゃ、とそれから思い立ち、電話をかけた。

 警察はすぐにやってきた。電話をして十分もしないうちに、家のチャイムが鳴った。最初にきたのは二人ぐみだった。えき前の交番にいつも立っている人だ、とぼくはすぐにわかった。一人が少しかがんで、きみが、110番通報したのかい?とぼくにきいてきた。ぼくは、コクンとうなずいた。こんどはもう一人がかがんで、おうちの人は?ときいてきた。ぼくは、フルフルと首をふった。どうする?、親はなにやってるんだよ、二人のおじさんは顔を見合わせてこまってるみたいだった。
 この子のいたずらだろ。帰るか。そういい出したから、ぼくは玄関をあけて、家の中を見せてあげた。そしたら二人とも、目と口を開けたまま、なにもいわなくなってしまった。

 一人があわててどこかへ連絡しはじめた、と思ったら、すぐにどんどん警察の人がふえていって、あっというまに家に入りきらないくらいになった。くる人くる人みんな怒ってるみたいに、すごくこわい顔をして、こわい声を出して、家の中を動きまわった。
 うちは山の中を少し入ったところにあって、ふだんは他の人なんてぜんぜん見かけないのに、あの夜はわざわざ見にきてる人たちが家のまわりにおおぜいいた。警察のはったテープの前で、家の中をのぞくようにして。
 なんだかおおさわぎになった。まさか110番したらこんなことになるなんて、ぼくは想像していなかった。
お父さんとお母さんとつばさのまわりにも、いれかわりでいろんな人がやってくる。いっぱい写真をとったり、しゃがみこんで顔や体をジロジロ見たりしてる。あれは、「かんしき」の人だ。ドラマでやってた。
 三人とも、ずっと冷たい床の上にねかされっぱなしだ。いつまであのままなんだろう、かわいそうだとぼくは思った。

 ぼくは警察の人に手をひかれて、二階の部屋にうつされた。ベッドにすわっていると、テレビで見るような男の人じゃなく、警察の制服を着たおばさんがやってきて、ぼくのとなりにすわった。ぼくは、いろんなことをきかれた。
 おうちには、ほかに誰かいなかったの?ぼくは、どこでなにをしてたの?
 最近、おうちのまわりで、なにかかわったことはなかった?
 すごくやさしい話し方だった。でも、ぼくはなにもこたえなかった。ずっと、だまったままだった。それでも警察のおばさんは、怒らないで、ずっととなりについていてくれた。 大丈夫だからね、こわくないよといって、ぼくの頭や手をなでてくれた。ポケットからチョコを一つとりだして、手のひらの上にのせてくれた。

 その人が誰かによばれてぼくのとなりからいなくなると、ぼくはそのスキに、ベッドを下りて、うらぐちからコッソリ家の外へ出た。警察の人はみんないそがしそうで、誰も気づかなかった。
 家のまわりには草むらがひろがってる。その中をかきわけていくと、一か所だけまるくポッカリと草のはえてない場所がある。背の高い草にかこまれているから、しゃがむと外からはまったく見えない。そこが、ぼくとつばさのひみつきちだった。
 怒られるかな、とちょっとだけ思ったけど、でも、ぼくはあそこにいたくなかった。
 きちには、まえにはこびこんでおいたおもちゃがある。ミニカーをはしらせてあそんでいると、足もとから、リ、リ、リ・・という虫のなき声がした。やっぱり、つばさがいないとつまらない。
 夜中なのに、家の前はたくさんのライトやパトカーの赤いランプで、まるでお昼みたいに明るい。これじゃあ、星が見えない。
 ぼくは体の向きをかえた。家とははんたいがわの、遠く遠くのまっ暗な空を見た。雲はまったく出ていなくて、空ぜんたいが、よく見わたせた。
 こんな日でも、星はいつもとかわらずしずかに光っていた。それをながめていると、だんだん心がおちついてきた。

 時間は、夜中の二時くらいになってたと思う。いつもならもうとっくにねている時間だ。それなのに不思議と、ねむくならなかった。
 まえにお父さんに怒られて、家を飛び出して、一日中このきちにかくれていたことがある。夜になったら、さむくて、暗くて、お腹はへるし、トイレにいきたくなるし、だんだん心細くなってきた。そうしたら、家の方から、お母さんがぼくをよぶ声がきこえてきた。お母さんはぼくを見つけると、そろそろ帰っておいで、といってくれた。
 でも、どれだけそこにいても、もう誰もさがしにこなかった。
 だって、お父さんも、お母さんも、つばさも、たしかに、死んでたから。
 なんどもなんども名前をよんで、体をゆらしてみた。三人とも、動かなかった。
 ぼくは、本当の一人ぼっちになってしまった。
 さっきうちから出ていったあの二人のお客さんは、お父さんたちになにをしたんだろう。
 このさわぎは、いつまでつづくんだろう。
 ぼくは、これからどうなるんだろう。
 星空をみつめながら、いろんなことを考えてた。

 おーい、おーい
 ぼくはここだよー、ここにいるよー
 お父さーん?お母さーん?つばさー?
 心の中でよびかけても、なにも返ってはこない。
 まわりの草が、ザワザワゆれる。虫たちが、なきつづけてる。スポットライトみたいな月の光が、一人ぼっちで草むらにいるぼくを、ポッカリとつつんでいた。
 まっ赤な月と、まっ赤な星のうかぶ夜だった。

つづく

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