第16回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み『プシュケーの剃刀』

『プシュケーの剃刀』

渋川紀秀 (しぶかわ・のりひで)34歳
1982年生まれ。著述業。早稲田大学第一文学部卒業後、プログラマー、劇団員を経て、竹書房文庫より実話怪談小説を発表。


  プロローグ

 少年の顔の皮膚は柔らかく、弾力があり、たっぷりと水気を含んでいた。
 ここに少年が来てから、そろそろ十時間が経とうとしている。
 少年は、あとどれくらい生きられるだろうか。
 愛別離苦。釈迦が、人間の生にまつわる根本的な苦しみとして挙げたものの内の一つ。
 愛する者と別離する苦しみ。特に、愛する者が痛みに満ちた残酷な死に方をしたとなれば、その苦しさは堪え難いものになるという。
 愛する者が最期に味わった痛みを我がことのように感じ、苦しみに寄り添おうとする。
 苦痛から守ってあげられなかったことによる罪悪感。
 もはや苦痛を遠ざけるすべもないのに、苦痛を追体験することで罪滅ぼしをしようとする虚しい努力。
 人を苦痛から解放する方法はいろいろある。鎮痛剤を使う。自然治癒力に任せる。他のさらに大きな苦しみによって忘れる。
 死が救いになる時もある。
 愛する者が、死ぬことよって苦痛から解放されたと気づき、死に感謝したくなる時もあるだろう。
 生き続けることは無条件によいことだ、という倫理観の薄っぺらさ。
 もし、別離の苦しみから解き放たれるのならば、と自分の命を見つめ直し、死を考えることもあるだろう。死ねばあの人に会えるかもしれない、という虚ろな願いにすがるかもしれない。
 たとえば今、わたしの目の前で母親に助けを求めている男の子がいる。
 愛する自分の子どもが助けを求めて苦痛にうめく姿は、親にとっては自分の肉を切り裂かれるよりも痛いものだという。
 わたしには理解できないことだが。
 かつては、優しさに満ちた親子の情愛を妬ましく思うこともあった。
 道端ですれ違う、両親と手をつないで歩く幸せそうな子ども。
 わたしにとって、あれは世界の不平等の象徴だった。ああいう子どもたちと自分を比べて、わたしは自分がみじめな存在なのだと思わされてしまった。
 しかし今では、情愛に囚われていないわたしの方が自由なのだと思える。
 こういう時だけは、わたしは自分の過去を恨むのをやめられる。
 わたしの目の前で、少年は、血まみれの唇をめいっぱい開き、泣きながら母親を求めている。
 汗。涎。涙。血。かわいい顔が台無しだ。
 血で汚れた少年の頬をそっと撫でながら、昔、手にかけた子どものことを思い出した。あの子は、この少年よりも、我慢強かった。あの子が最期に吐いた息の音を思い出すだけで、体が熱くなる。
 警察は、わたしに辿り着けない。
 あの瞬間だけは、ひやりとしたが……。
 それにしても、少しうるさいな。
 目の前にいる少年は、苦痛とは縁のない生活を送ってきたのだろう。顔の皮膚をほんの少し切り裂いただけで、ぴいぴいと痛みを訴えた。そんなに泣いたら、剥き出しになった筋繊維がもっと傷んでしまうよ。
 わたしは子どもの頃、母親の手によって右手の人指し指の骨を折られた。その時の泣き声は掃除機の音で掻き消された。しかし、この少年の泣き声は、掃除機ではとても掻き消せないだろう。
 もっとも、いくら泣き声を上げたところで、それが外に聞こえることはないのだが。
 正面に立ってみた。少年は身をすくめて、怯えた目つきでわたしの顔を遠慮がちに覗いている。
 膝の上で縛られて血が通わなくなった両手は、ずいぶん前から紫色に染まってしまっている。ズボンにまで漏れ出た尿はほとんど乾いていた。
 おいおい、わたしにそんな目を向けるな。
 昔、わたしの目を汚い爪で引っ掻こうとした子どもがいたんだよ。恨むなら、その子を恨むんだな。
 彼の時は、ビデオを撮っていた。今思えば、危なっかしいことをしていた。証拠になるようなものを残すなんて、馬鹿げていた。
 そもそも、腹の奥が甘く疼くあの瞬間の光景は、脳裏に焼き付いてしまうものだ。
 思い出そうとすれば、あの時の手の感触までもよみがえってくる。
 今までの獲物のことも、一人一人、目をつけた時から、命が終わる瞬間までのことを、細かく覚えている。
 次は、君だよ。
 お母さん、お母さん、お母さん。さっきからそればかり。
 駄目だよボク、それじゃあお父さんが可哀想だ。
 その淡い水色のポロシャツは、お母さんが選んで、お母さんに着せてもらったのかな。それとも、お父さんも洋服選びを手伝ってくれたのかな。
 顔はぐちゃぐちゃだし、服も血で汚れてしまったね。
 だけど、君のそのかわいい目と、特徴的な服で、彼らには君のことがわかるだろう。
「痛いのは嫌かい? もう終わりにしたいかい?」
 少年はまだ泣いている。
 右の頬を平手で叩いてみた。すると、とたんにおとなしくなった。
 静かにできるじゃないか。
 体を強張らせながら、まるで錆びた釘を急に飲み込んでしまった時のような、何ともいえない苦い顔をしている。
 刺創、切創、割創、挫創、裂創。多種多様な凶器がつくる創口を見て、法医学者は何を思うだろうか。
 警察による検視報告は、どれだけ正確に遺族に伝えられるだろうか。
 傷だらけの君の体を前にしたら、君の親はどう思うだろうか。
 どんなに立派な葬儀を執り行ったとしても、彼らは君の死に直面するたびに、君の最期の姿を思い出すことだろう。
 どんなに時が経とうとも、深い痛みを伴う記憶は、忘れ去れるものではない。
 忘れることは、愛する者を裏切ることになる、と思ってしまうから。
 生きているうちは、その痛みから逃げることは許されない。
 死んで痛みから解放されるという選択肢すら、卑怯なことに感じてしまう。
 自分が殺されるよりも、最愛の人間が殺された方が苦しい、というのは、きっとそういうことだろう。
 わたしはナイフを少年の右肩に突き立てた。
 少年は再び声を上げて泣き出した。
 わたしの腹の奥が燃える。
 全身を揺さぶる、えも言われぬ感覚。心の底で求めていたもの。
 自分の体は欲望によって否応なく突き動かされる機械に過ぎないと気づく。そして、他のどんな時よりも自由を感じる。
 意味付けなどいらない、快楽そのものである行為。説明や分析は、便宜上の後付けに過ぎない。
 もっと。もっとだ。
 もっと助けを求めて、泣き叫んで、苦痛を訴えろ。わたしの期待に答えろ。
 その期待が、この少年に致命傷を与えたいという衝動を、かろうじて押さえ込んでいる。

つづく

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