第16回『このミス』大賞 1次通過作品立ち読み『十三髑髏』

『十三髑髏』

水無原崇也(みなもと・たかや)25歳
1992年生まれ。上智大学法学部卒。会社員。


第一章  十三髑髏(じゅうさんどくろ)の謎

気が付けば、目の前に分身(ドッペルゲンガー)がいた。
 などと言ってしまえば、語弊がある。
正確には自分とまったく同じ顔をした人間が、突如として目の前に現れた、とでも言い換えられるだろうか。
 昼餉の最中だった鳳水月(おおとりすいげつ)は、驚きのあまり危うく喉を詰まらせるところだった。
 東京都内にあるS大学の学生食堂。昼時をだいぶ過ぎているせいか、いつもの賑わいはなく、フロアは閑散としている。座席などほかに幾らでもあるだろうに、わざわざ目の前を陣取ってきた奇妙な男を水月はまじまじと見つめる。
ひょろりとした体型をした、色白の優男だった。黒髪黒目。頭の天辺から靴の先まで、黒一色で統一しているせいか、肌の白さが余計に際立って見える。服装の季節感のなさはそれだけではない。初春だというのに、漆黒の手袋を一分の隙もなくぴったりと両手に嵌めている。たとえ葬式の行き帰りだったとしても、ここまで黒に徹した衣装は纏うまい。
まさか死神じゃないだろうな、と警戒する水月を前にして、男の方も興味深そうな目でこちらの様子を窺っていた。
 とはいえ、男二人でいつまでも見つめ合っているわけにもいかない。気まずい沈黙に耐えられなくなった水月は、乾いた唇を無理やり引き剥がした。
「……あんた――」
 誰なんだ、そう言いかけた矢先、男は片手で水月を制すと、一方的に喋り始めた。
「――くくっ。大学なんて暇潰しにもならないと思っていたが、たまには顔を出してみるものだな。なるほど面白い。見れば見るほど瓜二つだ。人づての情報で正直疑っていたが、ここまでとはね……。敢えて鑑定するまでもない。これは、OOPARTSだよ」
「はあ?」
「Doppelgänger――ドッペルゲンガー。ドイツ語で、ドッペルとは『二重』、ゲンガーとは『歩く者』を表す。要するに、自分の生き写しと出会ってしまうという一種の怪奇現象だな。それもとびきり曰くつきの現象だ。知っているかい。ドッペルゲンガーを見てしまうことは、死を意味するという伝承がある。見た途端に死んでしまうケースもあれば、徐々に衰弱死していくケースまであるらしい。現に、ドイツの詩人であるゲーテ、米国大統領のリンカーン、日本の文豪である芥川龍之介といった名立たる偉人が、死の間際、自らの分身を見ていたという都市伝説が存在するくらいだ。ドッペルゲンガーの真相は未だ解明されておらず、超常的な見解を除けば、脳の錯覚だとする説や、精神病の症状だとする説のほかにも、正真正銘、他人の空似だとする説まである。何でも、世界には自分の同じ顔をした人間が三人存在するそうだよ」
そこまで話すと、男は水月が使っている紙コップを掴み、何の遠慮も躊躇いもなく中身を飲み干してしまった。傍若無人な振舞いに唖然とする水月に構わず、男は今更ながらに名乗った。
「僕は古城深夜(こじょうしんや)だ。初めまして、鳳水月君。君も今年入学した一回生だろ? 宜しく頼むよ」
 思わず、こちらこそ、という言葉が喉から出かかったが、
「――ちょっと待ってくれ。何で俺の名前を知っているんだ?」
「さっきも言っただろう。人づてに聞いたんだよ。お前と同じ顔をした奴がいる、とね」
「それってつまり、あんたもこの大学の学生ってことか?」
「不本意ながらね。何てことはない。家庭の事情ってやつさ。我が愛する御父上からの直々のお達しでね。お前が好き勝手やるのは構わんが、せめて大学くらいは卒業しろ、だとさ。国内序列一位のこの大学なら文句は言われまい、という不純な動機のもと、今年の春から厄介になっている。いや、別段厄介になってはいないな。何せ入学してからというもの、今の今まで講義には一回も出ていないからね」
「……余計なお世話かもしれないが、それで卒業できるのか?」
「無理だろうな」
「随分と他人事だな。策でもあるのかよ」
「ああ。とっておきの奴を、まさに今思いついた」
 端正な顔を歪ませ、裏のありそうな笑みを浮かべた古城が囁(ささや)く。対する水月は嫌な予感しかしなかった。そして案の定、その予感は的中する。
「鳳――、君が僕の代わりに講義に出て出欠を取り、試験を替え玉受験で突破すればいいんだ」
「お断りだ! 阿呆かお前!」
 全力で拒絶すると、古城は「まあ、落ち着けよ」と紙コップを差し出してくる。興奮した水月は無意識に受け取ってしまい、そのまま口につけて傾けるが、一滴の水も残っていなかった。増々頭にきた水月は、「じゃあな」と立ち去ろうとしたが、
「――金なら出すぞ」
「……何だと?」
 水月は探るような目で古城を見ながら、慎重に言葉を選ぶ。
「お前、俺が金で動くと思ってんのか? 馬鹿馬鹿しい。確かに俺は貧乏学生だけどよ、何も大金が欲しいってわけじゃない。最低限の生活さえできればそれでいい」
 しかし、古城は頭の後ろで腕を組むと、仰々しく溜息を吐いた。
「別に隠すことはないだろう。こっちは、君がバイトをいくつも兼任していることだって調査済みなんだ」 
「……どこまで知っているんだ?」
「僕としても、他人の個人的な事情には深入りしたくはないんだけどね。君が奨学金をもらいながら、一人で細々と暮らしていることぐらいは把握している」
「お前の目的は何なんだ?」
「そんな怖い顔をしないでくれよ。自分の顔に睨まれるなんて、居心地悪いったらありゃしない。夢に出てきそうだ」
 古城は心底嫌そうな顔で言った。水月は憮然とした態度のまま彼に答える。
「こっちは既にトラウマものだけどな。まさかドッペルゲンガーに詐欺を持ちかけられるなんて、それこそ悪い冗談だ」
「夢が膨らむな」
「馬鹿言え、命が縮むわ」
 不覚にも水月は吹き出しそうになった。生き写しが目の前にいるせいか、不思議と会話のやり取りも鏡写しになっているような気がする。
興が乗った水月は身を乗り出すと、
「この大学の一コマは九十分だ。一コマ、三千円でどうだ?」
「ふん、時給換算二千円か……。ちょっと高いな」
「金と時間は有限だろ。悪いけど俺は譲る気はないぜ」
「強情だな。まあ、それぐらいの気概がなければ僕の代役は務まらないだろう」
 古城は、にやりと口端を吊り上げると、右手を差し出してきた。交渉成立だ。水月は迷わずその手を取った。
 握手を終えると、古城は満足げな顔で頷いた。
「上出来だ。今後のスケジュールは追って伝える。君にも君の講義があるだろうし、被らないようにしないとな。もちろん君が受けたい講義を優先してもらって構わない。僕が欲しいのは単位。卒業さえできればそれでいいからね」
「そうさせてもらうよ。俺は大学に遊びに来ているわけじゃないからな」
水月がそう答えると、古城の切れ長の目が鋭く光る。
「へえ、何か夢でもあるのかい?」
「夢ってほどでもないが……。昔から文章を書くことだけは好きだったんだ。卒業したら、記者にでもなろうかと考えてる」
「マスコミか」
 喜んでいるのか、はたまた怒っているのか、古城は複雑な顔で頷く。
「僕にとっては最悪の天敵であり、最高の味方でもあるな。君にはぜひ後者であって欲しいね」
「どういう意味だ?」
 水月が首を傾げると、古城は「よくぞ聞いてくれた」と指を鳴らした。
「マスコミは、僕の表稼業に深く関わってくるんだ」
「何だよ古城。お前、芸能人だったのか?」割と真面目な質問だったのだが、
「いや、違う」
 あっさりと否定される。「じゃあ何だよ」と重ねて尋ねると、予想だにしていなかった答えが返ってきた。
「僕はね、鳳。世界を股にかける鑑定士なんだよ。それもただの鑑定士じゃあない。人呼んで――OOPARTS(オーパーツ)鑑定士。それこそが僕、古城深夜の真の姿だ」

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