第16回『このミス』大賞 次回作に期待 宇田川拓也

『クライムダウン』小池康弘
『コトバノビョウイン』矢間景太郎

 

応募作を順番に拝読しているうちに、みるみる肩が下がり、なんだかしょんぼりしてしまった。もしかして、応募者の多くが最近のミステリー作品にほとんど触れていないのではないか? と感じて。
もし該当する方がいたら、はっきりといっておきたい。2010年代ミステリーの水準は、それほど低くありませんぞ、と。何度でも繰り返すが、書き始める前に、(「隠し玉」まですべてとはいわないが)せめて歴代受賞作には目を通していただきたい。ご自身がどんな高さの山に挑もうとしているのかを熟知することは決して無駄ではない。そのうえで、渾身のミステリーを完成させ、投じていただきたい。
気になった点をもうひとつ。一度に複数の作品を応募してくる方がいるが、練り込み不足かつ推敲途中のような残念な出来で、もっと時間を掛けてひとつの物語を仕上げるよう創作方法の見直しを強くオススメしたい。
あと、とくに五〇代以上の応募者で、作中に嬉々としてダジャレの類いを盛り込むのは、ご勘弁いただけまいか。正直、読むに堪えません……。

“次回作に期待”するのは、二作品。
『クライムダウン』小池康弘は、山中に墜落した旅客機をめぐる謀略と世界的女性クライマーの奮闘を描いた山岳冒険謀略小説。ひとり余生を送る女性クライマー・家城年世子は、孫娘の乗った旅客機一八六便が北アルプス上空で消息を絶ったことを知らされ、現地へと赴く。猛吹雪によりヘリの離陸は不可能、山荘では謎の爆発音が発生し、対策本部の指揮官はなにかを隠している節がある。不透明な状況のなか、年世子は消防隊員と警察官とともに救助へ向かうが、思わぬアクシデントと襲撃を受けることに……。
初期の笹本稜平作品のような物語を期待し、わくわくしながらページをめくった。傷を負った人間をこのまま見捨てるか、背負って“クライムダウン”するかの厳しい葛藤。手強い工作員らを相手にした活劇シーンはなかなかの迫力で、こうした見せ場を作る技術とセンスを充分にお持ちであることは大いに認める。だが、話の展開に粗さが否めないのと年世子の一連の活躍があまりにもフィクション過ぎて、どうにも興を削いでしまっている。謀略の真相にも疑問を覚えざるを得ず、驚きや納得を得るには至らなかった。
無理に謀略要素を加えて、たたみにくい風呂敷を広げるよりも、極限状態のなかでクライマーの誇りや人間味が光る、直球の山岳サスペンスをぜひとも読んでみたいと思った。力のある方だ。再度のご応募を心よりお待ちしたい。

『コトバノビョウイン』矢間景太郎は、安楽死をテーマにした医療本格ミステリー。神経内科に配属された研修医・橘は、脳の疾病により神経が冒されて寝たきりの患者・川島を受け持つことに。聴覚と発話機能のみ残された川島だったが、病の進行により人工呼吸器の装着が避けられない状況に。それはつまり“声”を失うことであり、絶望した川島はいっそのこと耳も潰してくれと懇願。しかし医者が首を縦に振るわけもなく、その後、舌を噛み切って自殺してしまう。ところが解剖の際、橘は他殺の可能性に気がつく……。
 研修医が、神経内科→眼科→脳外科→整形外科と異動しながら、異なる患者と接するなかで次第に事件の核心へと近づいていく凝った構成をはじめ、橘が出会う患者それぞれに“言葉”にまつわるエピソードを用意し、謎が謎を呼ぶ形で周到に話を運ぶ手際も堂に入っており、途中までは一次通過は確実と考えていた。
 だが、後半に入ると雲行きが怪しくなってくる。まさかそのオチはないよな……と思いながら、いざ真相が明かされてみると、悪い予感が的中。この流れで嘱託殺人と自殺幇助の可能性を読み手が予想しないと考えるのは見通しが甘いといわざるを得ない。ましてや、受賞作に『チーム・バチスタの栄光』と『がん消滅の罠 完全寛解の謎』が並ぶ本賞に投じるならば、なおさらだ。本賞に医療ミステリーで挑むなら、いま挙げたふたつの受賞作に伍するレベルでなければ難しいことをお伝えしておきたい。

最後は毎度毎度の、いつもの言葉で。
「書店員が頭を下げてでも売りたくなるような渾身の傑作を待っています!」

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