第16回『このミス』大賞1次通過作品 貴志祐方

美人姉妹の暮らす山奥の邸宅に通うことになった男子大学生は、死と性愛に彩られた非日常にしずしずと溺れていく。

『愛の記録』貴志祐方

 俗世間を離れた山奥に、大富豪である誉田正純の豪邸は存在する。大学生の辻内誠司は、その館に、家庭教師のアルバイトとして招かれた。教え子となるのは、高校生の夏帆、中学生の秋葉、そして小学生の冬音。いずれも魅力的だと感じた誠司だったが、彼が最も心を惹かれたのは、三人の姉にあたる春香だった。山奥の豪邸に通って家庭教師を務めながら誠司は、次第に気付いていく。この豪邸のなかの世界は、なにかがおかしい。例えば、書庫に隠されていた『愛の記録』というノートだ。誉田正純の妻と思われる女性の手によって、正純との性愛の記録が克明に記されている。なぜこんなものが遺されているのか。そのノートを読み進むと、さらに衝撃的なことが記されていた……。
 人里離れた大富豪の邸宅という舞台、主人公の周囲の若い美女たち、謎めいたノート、そのノートのなかに記された性愛と犯罪――「いかにも」なパーツが揃ったミステリである。まずは、そのパーツのそれぞれがきっちりと描かれている点に好感を抱いた。各パーツを記号のまま読者との共通の幻想に委ねるのではなく、書き手として責任を持って存在感や個性を付与していたのだ。こうやって書かれた世界は、読んでいてやはり愉しい。
 そしてそのパーツが組み合わさって出来上がる物語の展開が、なかなかにユニークだ。『愛の記録』の書き手は徐々に壊れていくし、それを読み進む誠司の心も、誉田邸での非日常的な出来事の連続とあいまって、次第に歪んでいく。邸宅のなか、あるいはノートのなかには、死体が転がったりもする。こうした展開が新鮮だ。
 そのうえで、これらを語る文章力も備わっている。登場人物たちが一人ずつきちんと役割を持っていて無駄がない点も評価したい。結末における謎解きやどんでん返しのあたりで、若干の唐突感があったり、舌足らず(=強引)な点があるなど、テンポが乱れたのは否めないが、そこに待ち受けていた“位相のシフト”は、やはりミステリとして魅力的だ。全体として二次選考に推すに相応しい出来映えである。

(村上貴史)

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