第16回『このミス』大賞 次回作に期待 福井健太

『餓鬼阿弥の妻』高橋弘和
『オーバーキラー』大神純汰

 

 エンタテインメント作家は読者をもてなすサービス業である。書きたいテーマ、物語、キャラクターなどを持つことは大事だが、客よりも我を優先する殿様商法は通用しない。圧倒的な異才でもない限り、ホスピタリティを軽視した時点で失敗が決まる。これは肝に銘じるべき最優先事項だ。
 今年度の「次回作に期待」には二作を挙げたい。高橋弘和『餓鬼阿弥の妻』は異様な設定を活かしたオカルト風味のサスペンスである。時は昭和30年秋。「私」こと財部照子は、餓鬼阿弥(蘇生できる死体)になった夫・リクヲを連れて”蘇りの湯”に通っていた。湯治の成果でリクヲは徐々に回復するが、Dと名乗る人物がリクヲの舌を奪い、8年前にリクヲが持っていた”東銀事件の宝”を要求する──という物語だ。
 餓鬼阿弥が珍しいなりに認知されている環境は興味深く、ビジュアルイメージを喚起する点も好ましい。惜しむらくは、通常の死と(再生前後の)餓鬼阿弥のシステムを掘り下げず、著者と登場人物に便利な”宝”にプロットを預けたことだ。しかし全体的な完成度は高く、著者が書ける人であることは確かだろう。捲土重来を待ちたい。
 大神純汰『オーバーキラー』は闇を抱えた中学生たちのドラマ。中学生の「僕」こと泥谷真士(マッド)は、動物を解体してビニール袋に詰め、幼馴染みの桜庭亜弥(アヤ)の玄関先に置くストーカーである。正義漢の内藤光騎(ナイト)は足立大牙(タイガ)の苛めからマッドを守り、マッドにストーキングと動物殺しをやめるように忠告していた。やがて両手足を切断されたタイガの変死体が発見され、マッドは”ある計画”を実行するために、タイガの捜査を手伝うふりを始める。
 結末の意外性は弱いものの、歪んだ価値観と目的を秘めた「僕」の語りを通じて、屈折した倒叙ミステリーを織り上げたことを評価したい。視点と場面の切り替え、アンフェアを避けてミスリードを誘う筆法などを会得すれば、作風の幅をより広げられるはずだ。
 最後にもう一言。近年の傾向として、現実とはルールが異なる世界の話(特殊ルールもの)が増えた感がある。それ自体は構わないが、適用範囲が広い場合、社会の変化を考える必要が生じる。大筋がミステリーであっても、SFやファンタジーの発想力が問われるわけだ。くれぐれもお忘れなきように。

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