第16回『このミス』大賞1次通過作品 薗田幸朗

AIが書いたミステリー小説に交差する、現実の殺人事件。
「心を持つ人工知能」の研究の行方は。

『千億の夢、百億の幻』薗田幸朗

 三つの柱に支えられた鼎のような構造を持つ小説である。
 一つ目の柱は現在のパートである。巨大複合企業傘下の研究所である日事件が起きる。新任の所長が踏切内に車が立ち往生したために死亡したのだ。一見事故のようだが、何者かが自動運転システムを遠隔操作して殺害した疑いがある。この事件が不穏な空気を小説内に持ち込むのだ。二ツ目の柱は、その研究所で働く新谷を中心としたものだ。彼は「心を持つ人工知能(AI)」を作り出すためにある試みを思いつき、実行に移す。その研究ノートが開陳されるのである。最後のパートは新谷の過去に関するものであり、彼の思い出が綴られていく。それがなんのために書かれているのか、という興味に読者は惹きつけられることだろう。言うまでもないが三本の柱は一点において交差する。構造が大きな意味を持つタイプの作品であり、交点において明かされた企みが読者の驚きを誘う仕掛けだ。
 小説としてはやや硬質な読み心地である。AIという研究テーマは現在では旬のものであり、それについて研究者の立場から綴られる新谷のパートは情報量も豊富である。この個所に近寄りがたさを感じる読者はいるかもしれないが、現在パートのサスペンスと、過去パートの物語性がそれを補う役割を果たしている。プロットについては、ミステリーの先行作品をよく読んでいる者であれば、物語中盤である程度の見当がついてしまうかもしれない。しかし、そこで先を読まれても問題はなく、終盤において開陳されるアイデアこそが本書で作者が書きたかったものだろう。終盤において小説の様相が一変し、深い余韻を残すような結末が到来する。フィクションならではの構造をうまく利用し、作者は読者に深い思弁を促すような物語を築き上げたのである。その重量級の質感が、本編の最大の魅力といっていいだろう。

(杉江松恋)

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