第16回『このミス』大賞 次回作に期待 杉江松恋

『ニコライと殺しのライセンスを持つ男』丈部充
『悪女の浄財』新崎もも
『連鎖する心の果てに』猿渡トマト

 

 以前にも書きましたが、「このミステリーがすごい!」新人賞の選考はいつも苦労します。単に水準を超えているだけではなくて、作品独自の魅力があることを一次選考の段階から要求されるからです。今回選んだ三作はすべて、その作家ならではの個性が発揮されたものでした。新人賞の傾向と対策を勉強することに意味がないとは言いませんが、やはりこうした、書きたいことを最適の手段で文章化した作品に私は魅力を感じます。そのためには「作家としてデビューするためにはどうすればいいか」という狭い動機ではなく、「自分にとっては何がおもしろいか」「自分は何を書きたいのか」ということを見つけるための広い読書が必要だと考えます。書き続けることはもちろん大事ですが、たくさん本を読んでください。ミステリーだけではなく、小説に限らず、ありとあらゆる本に目を通してください。濫読の果てにきっと、自分だけの何かが見つかるはずです。
 以下、今回の残念だった次点作品を挙げておきます。
『ニコライと殺しのライセンスを持つ男』
 正統派のエスピオナージュで、私は好感を持ちました。しかし舞台を架空の国家体制に求めるのは、これだけ国際情勢が複雑化し、フィクションさながらの報道が行われる時代においては逃げの姿勢と受け止められかねません。冒険小説は時代性と無縁ではなく、現実と切り結ぶ姿勢が要求されるのです。
『悪女の浄財』
 ダークな雰囲気に満ちており、悪人しか出てこない展開は現代の酷薄な世情によく合っていると思いました。ただ、展開のおもしろさを追うことを優先したためか、細部のディテールに甘さがあると感じます。登場人物たちに合理的な行動をとらせ、物理的に矛盾なく物語を進めていくことも重要でしょう。
『連鎖する心の果てに』
「悪女の浄財」と同様、細部の展開に無理を感じることもあったのですが、主人公の父に対する思いという中心軸があったために、好ましく読むことができました。警察捜査の実際など下調べを怠らず、また伏線をもう少し丁寧に埋めることで作品の印象は変わると思います。

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