第16回『このミス』大賞1次通過作品 くろきとすがや

訳あり植物病理学者と昔の恋人が挑む
枯死するトマトを巡る殺人と拉致
海外企業の魔の手はどこまで延びるのか

『カグラ』くろきとすがや

 大学の農学部で研究中の安藤が教授に呼ばれて行くと、昔の恋人でもあった後輩研究者里中がいた。農水省で課長にスピード出世している里中からは、九州のトマトの病気を調査するように求められる。先輩学者のデータねつ造を見破った安藤は、逆の情報操作をされて世間の批判を受け、学内でも立場は弱い。教授からは自分の研究はほうっておいて調査へ行けと命令され、翌日会うはずの旧友の倉内との約束もキャンセルする。このあたり、最近は少ない黙って耐える主人公で悪くない。熊本で里中と調査の結果、苗が赤くなるかつてない病変で焼却するしかないことがわかる。戻ってウイルスの分析にかかり、正規の分離作業のほかにこっそり知り合いのバイオ・ハッカーのモモちゃんにも分析を依頼する。バイオ・ハッカーとはフリーの分子生物学者のことでモモちゃんは第一人者でゲイでもある。
 再設定したミーティングのために倉内の勤める種苗会社クワバへ安藤が行くと、研究室で前夜倉内はドアにタオルをかけて自殺したと言われる。続いて安藤はクワバの会長から呼び出されて不思議なトマトを見せられて、倉内の後を継いで大学の研究室で調べてほしいと依頼される。5ヵ月経っても熟さず、収穫して5ヵ月後も緑のまま腐らないトマトでカグラと名付けたと言い、倉内の後輩の女性研究員を助手に付けられた。
 ここまでが謎の設定で、これから倉内の遺したメモやモモちゃんの発見など専門的な解明とともに、実験農場を荒らされたり、トマトを狙う男たちに拉致されたりの動きのある場面が展開して、倉内を殺した犯人を自白に追い込んだり、悪徳海外企業が乗り出してきたりで、難局を乗り切ってなかなかしゃれた終わり方をする。
 全体に安定した書き方でリズムもいいから読みやすいうえに、どの人物もそれぞれ立体的に描かれている。土や葉の匂いや研究器具の触感などの描写もあれば、なお良かったかとは感じた。

(土屋文平)

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