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  • 吉野仁
  • ただただデビュー後の活躍を期待するのみ
  • こんな結果になるとは予想もしなかった。最低点をつけたものが受賞作となったのだ。
  • 残念ながら最終候補作に「文句なしに受賞はこれだ」という1作が欠けていたのである。
  • そんななかで、もっとも高い点をつけたのは、田中圭介『空と大地と陽気な死体』だった。おそらくこのまま本にしても遜色のない内容だろう。とくに会話をふくめた文章力や人物造形、そして作品から伝わる人物の感情の動きの描き方などは、今回の最終選考6作のなかで群を抜いていたと思う。ただ、さまざまな基本設定がどこか近年の人気作家の傑作に類似していた。読み進めながら、この部分は流行作家の××、この設定は若手の△△とあからさまにパクった感じがしてならない。なにかひとつ、作者ならではのオリジナルで抜きんでいた部分を含んでいたならば、もっと強く推したであろう。残念だ。しかし、どんなミステリー新人賞でも二次選考まであがる筆力は充分に持っている。ぜひ独自性を押し出して新たなチャレンジをしてほしい。
  • 残りの5作品は、いずれも欠点が大きく目立っていた。その中で比較的好感を持ったのが優秀賞の『僕がお父さんを訴えた理由』、『Sのための覚え書き かごめ荘事件のこと』『また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を』の3作。
  • まず、友井羊『僕がお父さんを訴えた理由』。実は親を訴えるという前代未聞のアイデアを扱い、全体に過不足なくまとめあげた力量は充分評価に値するだろう。優秀賞としてまったく問題はない。だた、そつなくまとまっている分、裏をかえすとどこかインパクトに欠けている感じがした。物語にあわせて作られたかのような、不自然さが目立つ人物造形を直してくれれば、もっと完成度はあがるだろう。
  • 矢樹純『Sのための覚え書き かごめ荘事件のこと』は、冗長でわざとらしい部分が多すぎると感じた。多重人格の設定も心理カウンセラーとの出会いもかなり無理がある。書き手のひとりよがりが目立っているのだ。直接ストーリーと関係ない部分を短くまとめ構成のバランスを考慮すれば、もっと面白い作品に仕上がったはず。もっともこれらの欠点は、おそらく作品を次々と書いていくうちに上手くこなれていくと思う。
  • 岡崎琢磨『また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を』は、キャラクターに魅力があり、前半の展開まではすごくよかった。ただし日常の謎をめぐる連作ミステリーとしてはあまりに凡庸。また、珈琲およびコーヒーショップに関するディテールがお粗末。しかも京都を舞台にしながら、だれも土地の言葉を話さないのは不自然ではないか。と欠点が多いのに加え、後半の展開で面白さが半減していった。読み心地のいいドラマを書ける力を持っているのは確かなので、もったいない。
  • 残る2作のうち、塚本和浩『鋼鉄の密林』は、とにかく文章が拙い。そのせいか登場人物のエピソードやアクション場面などことごとく安っぽく見える。類型どおりの部分があっても構わないが、それを支えるリアリティやディテールに欠けているのだ。現実に素人が爆弾などそう簡単につくれないだろうし、それが可能なメンバーを容易には集められないはず。物語上、どうしても必要ならば、読み手に納得させるだけの細部をしっかりと構築してほしい。
  • さて、冒頭で述べたとおり、受賞した保坂晃一『エンジェルズ・シェア』は、わたしにとって最終選考の6作のなかでも『鋼鉄の密林』と並ぶ最低の作品だった。ほめるべき点がどこにも見当たらない。チャンドラーのパロディだとしても、あまりに稚拙。減らず口は連発すればいいというものではない。下手な空振りをいくら繰り返してもホームランはおろかヒットさえ生まれないのである。見事な比喩や言い得て妙な言葉がふさわしい場面でさりげなく使われるからこそ、チャンドラー作品がいまもなお人々を魅了するのだ。
  • それ以外の内容も、ハードボイルド探偵もの、それもふた世代前のスタイルの下手な見本といっていいだろう。たとえば扱われている事件だが、別に病院でなくとも、どこかの企業でも役所でもいいような犯罪である。極端にいえば何でもいい事件。これがたとえば現在の日本の負の部分を切り取ったような、なにか時代の象徴を感じさせる事件ならば、少しは評価しただろう。さらに主人公以外の脇役の魅力も福岡という土地の魅力もいっさい見当たらない。おそらく他の新人賞の予備選考でまわってきたら、確実に落としていただろうレベルの作品といえる。
  • それでも、他の選考委員の推薦により、この作品を大賞受賞にすることとなってしまった。本賞のひとつの特徴は、選考委員や編集者のアドバイスを受け、受賞後に徹底して書き直しが行われる点にあるとするならば、これから刊行まで、作品が見事に生まれ変わることを望んでやまない。そして394作という応募作の中から見事大賞を仕留めた作者の恐るべき強運とデビュー後の変貌に期待したい。
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