- 吉野仁
- ドラマで読ませる、独創的な作品を求む
- 久しぶりに「絶対評価」で最高点をつけるべき応募作に出会えた。もはや「他の応募作とくらべて」完成度が高いとか欠点が少ないとかいうレベルではなく、「文句なしに素晴らしい」から大賞に推すのだ。『快楽的・TOGIO・生存権』は、現実とは異なる世界の物語だが、まぎれもなくいまの日本(東京)の現状をシュールに置き換えているかのようだ。子どもは捨てられ、世間に逆らうと過激ないじめにあい、都会は殺伐としている。そして異世界を描きながら、一切、そのことに関して作者は説明をせず、どちらかといえば重苦しい話が続いていく。それでいて、読みはじめると、物語にぐいぐいと引き込まれてしまった。その奇妙な異世界への関心と独特の文章力により、たちまち心を鷲づかみにされてしまったのだ。いくつか荒削りの部分もあるが、既成作品の表面だけをなぞって真似てみせたような陳腐さはみじんもない。
- 唯一、問題があるとすれば、2次選考で指摘されていたように、従来の「ミステリー」としての枠には収まらない内容であること。少なくとも「探偵小説」でないことは確かだ。それでも大賞に推したのは、「このミステリーの枠を超えてすごい!」作品だから。賞のタイトルを今回限り変えてもいい。これが間違った判断だというのならば、喜んで間違った側にいたいものである。
- もうひとつの大賞受賞作、『バイバイ、ドビュッシー』に関しては、最終選考委員の中でわたしだけ低い評価だった。細部のつめが甘いからだ。この小説を成立させるためには、おそらく1作を書き上げた時間と労力をさらにまるごと推敲にあてなくてはならないのではないか。一例をあげると、ある少女はインドネシアからの帰国子女という設定なのに、大人が使うような表現の台詞が平然と出てくる。そのほか会話が浮いていたり、物事の説明がしつこく書かれていたりするなど、粗い部分が目立った。音楽やピアノに関する展開も、あまりにも劇的に描かれすぎており、わたしにはいまひとつ。そこへミステリーとしての妙がうまく加わればいいのだが、肝心の「細部の甘さ」があるため、素直に面白がることができなかった。しかし、この賞は出版までに問題点を加筆訂正できる。そこを考慮して、大賞受賞に反対しなかった。
- 同じ作者の候補作では、むしろ『災厄の季節』のほうを高く評価した。大胆な設定と展開をうまく持ちこんでいて、某海外作品の単なるパクリに終わってない。ともあれ、まったく違ったタイプの作品が2作最終に残ったわけだ。それだけ書き手に筆力があるということなのだろう。
- 惜しくも優秀賞になってしまったが、『快楽的・TOGIO・生存権』についで大賞に推したのは、『カバンと金庫の錯綜劇』だ。登場人物たちの繰り広げるてんやわんやな日常を語っていく、その力量はプロ作家並みといっていい。さらにパチンコの知られざる裏世界を描いた面白さに加え、印象に残るキャラクター、謎めいた仕掛けの数々など、題材、人物、趣向の3拍子が揃っている。しかし、後半やや失速し、盛り上がりに欠けているのは否めない。大賞こそ逃したが、将来有望な書き手になることを願っている。
- 最終選考に残った中、まったく評価できなかったのは、『太陽に向かって撃て』である。短い章立てごとに視点人物がめまぐるしく変わる。しかも、ご都合主義の人物設定だったり、背景や物事の説明が長々と続いたりするなど、小説としての出来がいまひとつだった。このジャンルの代表作を読み返すなどして、一から勉強する必要があるのではなだろうか。名作がどのように書かれているのか、細部までじっくりと読み取ってから創作にかかってほしい。
- 『鬼とオサキとムカデ女と』は、独特のキャラクターが登場する時代伝奇もの。しかし、ある程度読み進めても話の本筋が見えないため、いまひとつの印象のままで終わってしまった。なにか全体を貫くドラマの核となるものが欲しい。また、粗い文章も減点となった。改行と1行あけを多用した文体そのものを見直す必要がある。これらの点をしっかりすれば、たちまち受賞レベルに近づくだろう。
- 最後に、『死亡フラグが立ちました!』だが、うんざりするベタなギャグやネタの連続で、途中、何度も読むのを止めたくなった。ところどころに光る部分もあるものの、なにしろムダに長い。そもそも基本的なストーリー自体が作者の都合だけで安易にこしらえている感じが強く、それを払拭するだけの筆力に乏しい。センスと構成力が欲しいところだ。
- 今回、最終に残った作品は、全体的に水準が高かった。その分、受賞作に対する要求が厳しくなったかも知れない。わたしが評価するのは、まずは文章やドラマとしての完成度であり、これまで読んだことのない内容であることだ。細かいところまで配慮が行きとどいた仕上がりであれば、文句はない。