- 香山二三郎
- 本命授賞と伏兵の衝撃
- いつものように読んだもの順で取り上げていきます。
- まず中山七里『バイバイ、ドビュッシー』は、ピアノを習う名古屋の実業家の娘が火事で祖父と従姉妹を亡くし、自らも大火傷を負うが、新進ピアニストが家庭教師について切磋琢磨、さらなる殺人事件に見舞われながらもコンクールの優勝を目指すという青春音楽ミステリー。ヒロインの熟れた語り、スリリングな展開、音楽的な背景作りの確かさ、探偵像のクールな魅力等、さすが一昨年『魔女は甦る』で最終に残った実力派だけのことはあります。ミステリー的にも切れ味鋭い仕掛けが凝らされていて、トリック作り上の問題もないではないではないけど、細部を直せばOK。まずは上々の仕上がりぶりかと。
- 続く高橋由太『鬼とオサキとムカデ女と』はオサキという妖怪を飼う青年が田舎の村を追われ、江戸の商家で番頭となるが、そこでも災難にあうという畠中恵+京極夏彦調の時代もの〃妖怪ミステリー〃。妖怪キャラが可愛く、語りもスタイリッシュ。リーダブルな因果応報話ではあるけれども、既存の人気作家の世界枠を超えるものがない。著者が書ける人であることはわかりますが、ぜひ独自の世界の構築を目指していただきたいと思います。
- その意味では、どこともわからぬ山村のいじめられ少年が人を殺めて逃亡、首都東暁の闇の世界で生きていくという太朗荘史郎『快楽的・TOGIO・生存権』は荒々しい遍歴譚の魅力に溢れています。ただ、未来SFなのか異世界話なのかよくわからないうえ、場面転換や現在と過去の往還時の切り返しも雑で、ちょっと読みにくい。そう、物語内容の面白さとは裏腹に、話作りの面では荒々しいというよりただ雑としかいいようがない。文体にしろ背景設定にしろキャラ造型にしろ、ある程度熟れていなくては読者のもてなしようがありません。著者の将来性は買うものの、かくて本作も脱落組。
- 彼此屋圭市『カバンと金庫の錯綜劇』はパチプロ青年が店でシエナと名乗る美女にナンパされ、彼女の仲間もまじえた裏ロム販売に巻き込まれていきます。しかしメンバーのひとりホゲが裏切り、金を持って逃亡。彼はその際、暗号を残していくが……というわけで、主人公が事件に巻き込まれていく出だしは少々強引だけれども、先の読めない展開といい暗号仕掛けのミステリー趣向といい、太朗作品とは対照的に熟成されたエンタテインメントに仕上がっています。後半はさらに虚々実々のコン・ゲーム的展開で楽しませてくれるし、シエナを始めとする脇役の面々もキャラが立っている。血なまぐさい場面もないではないけど、殺伐とした趣向は極力抑え、後味のいい読後感を残してくれるところも好印象で、『バイバイ、ドビュッシー』の対抗作に相応しい1篇といえましょう。
- 森山五丈『太陽に向かって撃て』はシリアの山岳地帯クルディスタンで誘拐された日本人商社マン救出のため、日本から交渉代理人が派遣されます。ひと癖もふた癖もある男女から成る交渉人チームが戦略を練り上げ現地に潜入するという筋立ては、スパイ小説や国際謀略小説系ではお馴染みのもの。この手の活劇系が残ってくるのは冒険小説系のファンとしては心強いし、シリア警察相手の駆け引きや山岳活劇の見せ場もきちんと用意されてはいるのですが、残念ながら、こちらも船戸与一等の既存作品を超えて訴えかけてくるものがありませんでした。
- 古井盟尊『死亡フラグが立ちました!』はオカルト系雑誌のライターが知り合いのヤクザとともに彼の組長を殺した〃窮極の殺し屋〃を探し始めます。そこに、ある作家の幻の長篇作品を探す男女や小学生時代に一家惨殺事件で友達を失った刑事等が絡んでくるという、軽タッチ、バカミス仕掛けの犯罪小説。トンデモない殺し屋探しの行方は充分楽しいのですが、各エピソードを引っ張り過ぎて少し間延びした感あり。話がどう収れんしていくか、だいたい読めてしまうのも惜しまれますが、著者にはこのスタイルが合っているような。コメディ系の作品は貴重だし、この作風での再挑戦を期待します。
- 最後は中山七里の2作目『災厄の季節』で、こちらは埼玉県を舞台にした連続殺人事件の行方を追った捜査小説。展開それ自体はオーソドックスですが、著名な翻訳ミステリーを髣髴させる猟奇趣向やひねり技の連続で読ませます。『バイバイ、ドビュッシー』を明とするなら、こちらは暗。どちらを選ぶといわれれば、より広い読者が獲得出来そうな『バイバイ、ドビュッシー』のほうでしょうが、こちらも充分商品化可能な快作でしょう。
- そんなわけで、『バイバイ、ドビュッシー』と『カバンと金庫の錯綜劇』を授賞対象として選考会に臨んだのですが、投票の結果、そこに『快楽的・TOGIO・生存権』が割り込んできました。個人的には太朗作品の評価は辛いのですが、作品に魅力があることは否定しないし、それを高評する委員が出てくるであろうことも織り込み済み。彼此屋作品を優秀作にせざるを得なくなったことに忸怩たるものはありますが、今回は完成度の高い中山作品と将来性も込みの太朗作品という2作授賞に同意しました。