- 茶木則雄
- 「異端」と「正統」
- 読みはじめて、度肝を抜かれた。『快楽的・TOGIO・生存権』である。
- まるで読者の存在を忘却したかのように、一切の説明がない文章。舞台設定を読み解く手がかりはまったくなく、普通ではない――つまり今の日本ではない――風変わりな物語世界が、描写と会話だけで進められていく。冒頭から異様なまでの牽引力に満ち、読み手の心を捉えて離さない。重苦しい物語であるにもかかわらず、ページを繰る手が止められないのである。読む者の臓腑をえぐるかのような、重いパンチ力に満ちた文章と、斬新な物語世界。それが牽引力の源だ。一言で言って、ものが違う、と感じさる異彩ぶりだった。
- 一切の説明を省き、描写と会話だけで成立させるこの小説スタイルが、計算し尽されたものなのか、あるいは、たまたま、なのかは、分からない。もし前者であれば高度な小説テクニックをそなえた書き手だし、後者であるなら、抜群の天分を持つ書き手と言える。いずれにせよ、世に出て然るべき才能だ。
- ただ、尋常ならざる迫力を感じさせる前半に比べ、後半は明らかに弱い。読み手の慣れもあるが、メガトン級の牽引力が弱まり、ガス欠で息の上がった感がなきにしもあらず、だった。切れ味のないラストの収束方法も問題だろう。
- 最大の問題は、この賞にふさわしいかどうかだ。ミステリでもなく、純然たるSFでもない。エンターテインメントかどうかさえも怪しいものだ。『このミス』とは対極にある、文学的スタンスを持つ作品である。『このミス』大賞においては、異端の存在といっていい。
- 私自身は、この『快楽的・TOGIO・生存権』と心中するつもりだった。『このミス』大賞に新風を吹き込めるのは、前例のない、強烈な個性を持つこうした作品だろう、と考えていたからである。読書界にインパクトを与えるなら、優秀賞や特別賞ではなく、大賞以外にはありえない。そう思って臨んだ選考会だった。
- しかし一方で、正統派の大賞候補も存在した。同じ作者による『災厄の季節』と『バイバイ、ドビュッシー』である。第6回の最終選考に残った『魔女は甦る』で、確かな才能の萌芽を感じさせた作者だが、今年その才能は見事に花開いた。『災厄の季節』は一見、ありがちなサイコスリラーの体裁を装っている。が、二転三転するどんでん返しといい、残虐な事件の裏に隠された深遠なテーマ性といい、リーダビリティに富んだストーリー展開といい、海外のサイコスリラーに伍して戦えるクオリティを誇っている。推敲に若干の問題はあるものの、まさに『このミス』ど真ん中の大賞候補だ。
- かたや『バイバイ、ドビュッシー』も負けていない。終盤で大掛かりなトリックが炸裂する、極めて上質の音楽ミステリ。ピアノの音が聴こえてきそうなほど緊迫感に富んだコンクール・シーンの描写力は、特筆に価する。探偵役の人物造形も実に魅力的で、前回指摘したキャラクタライゼイションの向上にも、明らかな進歩の跡をうかがわせた。仕掛けを重視するあまり、違和感を抱かせる部分もあったが、これは修正可能だろう。第1回の受賞作『四日間の奇蹟』を彷彿とさせる、癒しと音楽の見事なコラボレーションに、心から拍手を贈りたい。これまた、堂々たる正統派の候補である。
- 通常であれば、「異端」対「正統」の一騎打ちになるのだろうが、協議の結果、正統派のなかからまず『バイバイ、ドビュッシー』を残し、『快楽的・TOGIO・生存権』とのダブル受賞に落ち着いた。『このミス』ならではの選択、かもしれない。「異端」を取り込み、「正統」を重んじてきたのが、まさに『このミス』の歴史だからである。
- 優秀賞に決まった『カバンと金庫の錯綜劇』は、キャラクターの魅力と語り口の心地よさでは、全応募作の中で1、2を争う出来映えだった。黒幕の扱いにいささか不満は残るが、コメディタッチの犯罪小説としてデビューの水準には充分、達している。受賞に異論はないところだ。
- 惜しかったのは『死亡フラグが立ちました!』。私自身は上記4作についで面白く読めた。状況次第では、昨年同様のダブル受賞、ダブル優秀賞もあるかと思ったが、刈り込み不足で長すぎる、という意見には賛同せざるを得ない。
- 『鬼とオサキとムカデ女と』の作者は、別の賞でも読んでいるが、才気を感じさせる書き手だ。ただハイレベルな候補作に混じると、この作品ではやはり弱い。『太陽に向かって撃て』は冒険小説ファンの私には、まったく評価できなかった。ディテールも背景も脆弱で、水準に到るには、相当の隔たりがある。
- 聞くところによると、今年の受賞者は全員、『このミス』大賞で1度は落ちているそうだ。なかには何年も応募し続けたという人もいると聞く。
- 作家志望者にとって、これ以上の励みはあるまい。