第13回『このミス』大賞 2次選考結果 村上貴史氏コメント

読みたいのは知識じゃない。熱のこもった小説なんだ!

 今回はバランスの悪い作品が少なくなかった。書き手が知識に比重を置きすぎていて、ミステリとしての骨格が脆弱だったり、あるいは人物造形がおろそかだったり、舞台設定が貧弱だったりする作品が散見されたのだ。
 例えば、宇田川眞人『仏像探偵 古寺を行く』だ。作中で探偵役が仏像を巡る推理を披露するのだが、それが、著者の知識による著者なりの歴史の解釈が剥き出しなのだ。その解釈を導く伏線にしても、やはり実質的に著者の言葉として書かれている。もちろん作中人物が動き話すのだが、著者の代理としてそうしているに過ぎない。読者としては、著者の知識と考察を聞かされただけに終わってしまい、ミステリを読んだ満足感を味わえないままなのだ。神山霜『禁書(リベル・プロヒビトゥス)』も“表現するための知識”と内容がアンバランスな一篇。ページを埋め尽くすような文字の数々やカタカナのルビを振られた漢字の列により異世界(実際には昭和初期の日本)の雰囲気を演出しようとしたのだろうが――そしてそれには成功しているが――その文章によって描きだされる人の動きや事件の構図が、いかんせん安っぽいのだ。例えばウンベルト・エーコ『薔薇の名前』などと比較すると、表現と内容の落差がよく判る。逆ならばまだ推しようもあったのだが……。十七世紀のスペインを舞台にした水月彩人『おお! サンタマリア!』も、『禁書』同様、“表現するための知識”には敬服するものの、それが同時に内容の物足りなさを際立たせてしまう。そしてこれもまた知識先行か――寺崎俊『リッパーマニア』はタイトルに表現されているように、ジャック・ザ・リッパーという、これまでに大勢のプロのミステリ作家が取り組んできたきた題材に挑んでいる。その心意気はよいが、その一方で現代を舞台にした事件も描いている。両者を高いレベルで両立させることが、そうした小説に挑む者が自ら選んだ責務なのだが、残念ながら両立には至っていなかった。玖珂灰人『ノーマンズ・アイランド』も同系統の問題を抱えていた。作中世界の造形に熱を入れているのに対し、人物造形に物足りなさを覚えたのだ。特に台詞が相当に安直。
 それらの作品とは逆に知識をミステリの骨格に絡めて活かしていたという点で評価したいのは、岩木一麻『完全寛解』。ガンが消える、という何十万部も本が売れてしまいそうな謎に対して、それなりに説得力のある仕掛けを用意しているなど、終盤まで“これは最終選考に残る”という手応えを感じて読み続けていたのだが、最後の最後で落胆した。読者を宙に放りだしたままピリオドなのだ。惜しいなぁ。
 そして知識が剥き出しではなく、きっちりと小説に昇華されていたのが神家正成『深山の桜』だ。自衛隊であり南スーダンであり、とにかく一般読者が知らない世界を、細部まで説得力を持って語ってくれていた。ストーリーの展開も問題ない。いささか残念だったのは、捜査の進め方だ。“どうしてこれを調べないんだろう”という点があったのだ。それからだいぶ読み進むと一応の理由説明はしてあるが、その間読者は放置されていたことになる。そうした改善すべき点はあるが、最終選考に推すことに異論はない。ちなみに推薦理由では全くないが、自衛隊の海外派遣という問題に関し、自らの主義主張を押しつけるのではなく、他人の意見を攻撃するのでもなく、読み手自身に判断させるための材料を誠実に提示する小説としても読める。そうした姿勢に好感を覚えた。
 前述のいくつかの作品もそうだったが、非日常の世界を舞台としたも、今回は多かった。
 そのうちの一つ、櫻井一成『誑惑のキャットウォーク』の導入部は抜群に魅力的だ。妻がいつの間にか別人と入れかわっているのではないか、という疑問の設定や、そうした状況に置かれた主人公の行動など、実に愉しく読ませてくれる。だが、そこから先で様々な周辺事項が明らかになるにつれ、強引さが目につくようになり、そして興醒めに至る。春畑行成『未来人がきた!』は、未来人という異物を扱いつつもテンポよく読ませるが、同時に追い込み不足も感じる。ベストの解に到達する前に、ベターな解で妥協してしまっているような物足りなさがあるのだ。それは、同じく時間移動を要素としている山本巧次『八丁堀ミストレス』と比較すると顕著だ。現代と江戸を行き来するという設定を事件や捜査と結びつけた作品であり、設定も実にフレッシュで話の転がし方も巧み。キャラもいい。『未来人がきた!』よりもずっとずっと設定を活かしているのである。とまあこれだけなら十分に二重丸で最終選考に推すのだが、そうしにくい点もあった。内容ではなく表現、視点の問題である。おゆうという女性の三人称一視点を基本としているが、そこに時折神の視点が混じってくるのだ。これがどうにも居心地悪い。冒頭が神の視点で始まり、ページをめくるといつしかおゆうの視点になっている。そうした居心地の悪い思いを何度もした。とはいえ、改稿可能な問題点だろう。最終選考に残すこととした。
 辻堂ゆめ『夢のトビラは泉の中に』は、死を経験した女性の視点で語られる物語。だが、そうした設定が想像させる内容ではなく、音楽を題材とした瑞々しい小説なのだ。それも抜群に魅力的な。さらに、だ。死にまつわる奇妙な状況に関し、きちんとロジカルに説明をつけている点でミステリとしての魅力もしっかりと備えているといえよう。プロットも美しいし、キャラクターにも好感が持てるし、読後感も良い。結末の展開も素敵だ。個人的には今回の一押し。最終選考に残すことが出来て、素直に嬉しい。同様に心地よく読ませてくれたのが冴木みえい『旅の記憶』。現代視点に過去視点を絡めており、その両者のバランスも適切だった。これも最終選考には残したかったが、『夢のトビラは泉の中に』と同系統であり、それと較べてミステリ的な観点でハッとするところが少なく、残念ながら一次通過止まりとせざるを得なかった。ANの『真実の恋』も現実世界を逸脱した要素を作品の中核に据えているのだが、それが特に目新しくもなく、また、さほど驚きなどの魅力を備えているものでもなかった。外資系企業の日本法人が、本社の大方針のなかでどう存続していくか、という企業小説の魅力は感じられたのだが、最終選考に残す理由とはならない。
 非日常を続けよう。十一本の足を持つイカが登場するなど、奇妙奇天烈な天ぷら君『イカのタワー』だが、語り口の奇矯さなどが作者の独りよがりにしか見えず、まるで作品に入り込めなかった。青山茂隆『ムラサキ』は、青い皮膚の怪物になった中二男子を登場させた良質のエンターテインメント小説であり、一次の選評に書いたような魅力を備えているのだが、他の作品を押しのけて推すほど整ってはいない。破天荒さに加えて、著者なりのしっかりとした演出が欲しいところだ。同様に元ヒーローたちが再結集して活躍する田中祐輔『MIND MEN』は、“元”ヒーローとなってしまったヒーローたちの心境に着目した点は評価したいが、それ以上の加点要素は見出せなかった。安藤圭『風俗編集者の異常な日常』は、非日常というか異常な日常の小説。連作ミステリとしての面白味があり、それが非日常と綺麗に一体化している点を高く評価する。いい作品だ。最終選考に推す。
 今東昌之『かくれんぼ』は、まあよくある非日常の話である。次回以降応募する方のためにも乱暴だがそう言い切ってしまいたい。よくある話とは、閉鎖環境に集められた人々が一定のルールに基づいて命懸けのゲームに参加するよう強制されるという話だ。毎回一次予選でも何本か読むし、二次でも読む。それだけ“よくある話”なのである。おそらく多くの読者は既に高見広春『バトル・ロワイアル』を読み、その刺激を知っているだろう。となれば、同一形式でルールだけ変えたところで、たいして響きはしない。人物造形で読ませるなりなんなり、別の工夫が必要だ(前回の隠し球『婚活島戦記』の研究もよい)。そんななかで二次に残ってきたこの作品は、ルールの活かし方が新鮮だった。ルールに関する主催者の駆け引きがあったり、主催者がルールを勝手に変えたり等、命懸けのかくれんぼを繰り返す物語でありながら、毎回新鮮さを愉しませてくれたのだ。その点は高く評価したい。とはいえ最終に推しきれなかったのは、そのゲームを成立させる状況設定がプアだったためである。参加者側にしても、主催者側にしても、設定があまりに雑。もったいない。同じくデスゲーム系の枠組みで物語が進む出馬光『いのちの研修』の持ち味と弱点については一次の選評で触れたとおり。枠組みを一工夫している点は二次でも十分に加点要素となる魅力だが、やはり弱点は弱点として見逃せず。
 入札によって殺しの仕事と殺し屋をマッチングするという発想からして魅力的なのが加藤笑田『キラーズ・コンピレーション』。何人もの殺し屋たちが登場するが、個性的でよい。入札条件の変化が殺し屋たちの行動に影響を与えるといった捻りも加えられており、プロットの完成度も高い。ということで最終選考行きである。スペイン領メリリャを舞台とした冒険小説である荒川伊福『哀しき煙塵の果て』は、その土地に関する政治問題社会問題などの“知識”を物語として活かすことに成功した一篇である。物語の展開もしっかりと練られており、クライマックスに至るまで愉しくは読めたが、特に後半が駆け足すぎる。国家レベルの判断がなされているのに、相当にあっさりして勿体ない。二千枚くらいで読ませて欲しかった。
 最後の三作はおおむね現実社会が舞台である。
 まず井塚智宏『ブラックリスト』。この作品はキャラクターが魅力的だ。特に、女性ボディーガードと彼女が警護する女子高生のペアが際立っている。序盤でそれぞれの特徴を読者に紹介していくあたりの運びは巧みだし、また、女子高生の特徴が事件と密に絡んで活かされている点も評価したい。しかしながら、この二人を活かす舞台の設定が脆弱。せっかく女性陣二人が盛り上げようとしているのに、ストーリーの展開が強引であるなど、その他が足を引っ張っているのだ。これまた勿体ない。それとは対照的に、小説としての演出がとことん冴えていたのが降田天『女王はかえらない』だ。構成にも配慮が行き届いているし、文章表現で読者の心に刺さる工夫もしてある。よくよく考えれば強引なところもあるが、一定の説明がされており、読者を宙に放り出してしまうこともない。決して読んでいて気持ちの良いストーリーではないが、読了後の満足感は圧倒的。文句なく最終選考進出だ。小学校で起きた問題を描くという点で『女王はかえらない』と同タイプの小説なのが、小林正和『蛾蝶の舞う夜に』である。こちらを後に手にとったが、結果的には終始物足りなさを感じながら読み進むことになった。仕掛けにしても文章にしても演出にしても、それぞれ一歩ずつ『女王~』に及ばないのだ。それでもページをめくらせるのだから地力はお持ちだと思う。『女王~』が大賞なりなんなりで刊行されることがあれば、研究されてみるとよかろう。
 二次選考を終えて感じたのは、やはり、プロット(謎解きを含む)とキャラクターがしっかりしている小説こそが輝くのだということ。知識の披露やら世界の構築やらに熱量を費やすのもいいが、それならば、同量以上の熱をプロットやキャラクターに注いで欲しい。知識や世界といった器を頑張って作っただけでは、ミステリーの賞は取れないのである。
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