第13回『このミス』大賞 1次選考通過作品 辻堂ゆめ

目を覚ました梨乃が見たのは、自らの訃報。
生きている梨乃の姿も、人々の目には見知らぬ女性として映る。
たった二人の例外をのぞいては……。

『夢のトビラは泉のなかに』辻堂ゆめ

 冒頭のシチュエーションが独特の魅力を感じさせる。
 上条梨乃はゴミ捨て場で目を覚ます。そこに至るまでの記憶はない。芸能人である梨乃は、通行人に見られて慌てる――だが、誰も彼女の正体に気づく様子はない。日本中に知られた有名人としてではなく、見知らぬ女性として扱われる。そして街頭に流れるニュース――それは、他でもない梨乃自身の自殺を報じていた。なぜ、周囲の人々は有名人である梨乃を見ても彼女だと認識しないのか? 梨乃は本当に死んでしまったのか? それならここにいる梨乃はいったい何者なのか? そんな中で、大学生の優斗だけが梨乃の正体に気づいて声をかけてくる。行き場を失った梨乃は、優斗の姉の家に居候することに。やがて、彼女は一人の少年に出会う。梨乃を梨乃であると認識できる少年に……。
 自殺の意志などなかった梨乃が、死に至った経緯。そして生きている梨乃の顔を見ても、わずかな例外をのぞいては、誰も彼女だと気づかないという奇妙な現象。この二つの謎が物語を駆動する。……とはいえ、単刀直入に謎解きに邁進する物語ではない。生きているのに死者扱いという奇妙な状況に投げ込まれたヒロインが、新たな日常生活を獲得する物語でもある。彼女の正体に気づいた大学生・優斗のバンドに加入したり、かつての自分が所属していた芸能事務所でアルバイトを始めたり……。
 ほとんどの登場人物が善良なキャラクターで、梨乃による真相探求も都合よく進展してしまう。そんな物足りないところもあるけれど、それでもこの作品は読者の心をとらえるものが備わっている。奇異な状況の中で、自らの「死」を受け入れながら、現実に足をつけて新たな日常をつかみ取ろうとするヒロインの姿。奇妙な現象に関する、意外なまでに論理的な解決と、それがもたらす驚き。奇妙なシチュエーションに投げ込まれた女性の物語が中心ではあるが、その根幹を支えているのはミステリーとしての論理なのだ。読ませる勢いを備えた作品である。

(古山裕樹)

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