第13回『このミス』大賞 1次選考通過作品 立ち読み 『深山の桜』

『深山の桜』

神家正成(かみや・まさなり)44歳
陸上自衛隊少年工科学校・富士学校修了。
戦車操縦手として勤務。自衛隊を依願退職後、韓国に留学。
以降、韓国と関わる仕事に従事中。


       1 

 日本の空に限りがあるのなら、アフリカの空には限りがないのだろう。
 遥か彼方の地平線まで遮るものはなにもない雄大な風景を見ながら亀尾忠二は思った。まるで富士山頂から見渡す景色のようだ。空は青く、高く、そして──暑い。
 日本から隔たること一万二千キロ。アフリカ大陸の中央部に位置する南スーダンの二月は真夏だった。五十度を超える気温の中、乾期で湿度は低く、流れた汗が瞬時に蒸発する。亀尾は弾帯(だんたい)に吊した水筒を口に運び、水色の国連帽を脱ぎ汗を拭った。防暑用の戦闘服が支給されていたが役に立ってはいない。定年間近のロートル准尉には過酷な環境だ。
 亀尾の目の前にはショベルドーザーやグレーダーで整地され、排水用の側溝が掘られ、防護用の鉄条網が設置された敷地があった。ようやく第二文民保護(POC)エリアの造成が完了した。先月から引き続いている政府軍と反政府軍の争いで南スーダンの首都ジュバには避難民が溢れている。自衛隊の宿営地があるトンピン地区の国連敷地内にも数万人の避難民が群れをなして押し寄せてきた。国際連合南スーダン派遣団──UNMISSは文民保護(POC)エリアを設置したがすぐに人が溢れ、急遽追加で造成する必要に迫られた。自衛隊もここ数週間本来の道路補修等のインフラ整備任務ではない避難民支援任務に忙殺されていた。
 亀尾の本日の任務は自衛隊が設営したエリアの造設具合の点検だった。朝から数カ所の敷地を巡り、国連の担当者と折衝し、弁当を掻き込み、ようやく最後の点検箇所に着いた。
 施設器材小隊が造設した敷地は、雨期を見越し中央部を高くし、自然に雨水が側溝に流れるように作られていた。それをみて亀尾は満足そうに微笑んだ。亀尾の陸上自衛隊での職種は施設科──いわゆる工兵部隊だ。普通科──歩兵、機甲科──戦車部隊などのように第一線で活躍する派手な職種ではなく、縁の下の力持ち的な地味な職種だ。しかし、カンボジア派遣から始まった自衛隊の国際連合平和維持活動(PKO)の歴史は常に施設科が中心だった。破壊のみならず建設にも能力を発揮できる自分の職種を亀尾は誇りに思っていた。中学校卒業後から始まった亀尾の自衛隊生活は四十年に迫ろうとしていた。
「先任。なに、にやけてるんですか?」
 振り向くと部下の杉村が怪訝な顔で亀尾を見下ろしていた。亀尾と杉村の身長差は十五センチ以上ある。しかし、見下ろされても威圧感を覚えないのは体重差が身長差と同じくらい亀尾の方があるからだ。
「いいか、あの勾配を見てみろ。しっかりとした測量と正確な作業をしてこそ、こんな造成ができるんだ。それにあの側溝の部分を見てみろ」
 杉村はまだ理解できない顔をしている。
「側溝の端にはきっちりとマラムを敷き均しているだろう。ああすれば急激な雨でも敷地内に水がたまることなく排水溝に流れるんだ」
 マラムとは道路の整備に使用する粘りがあり、かつ排水性が高い砂利質の土のことだ。杉村は記憶を辿るような顔をしている。
「この土を見てみろ」足下の土を亀尾は取った。杉村も倣う。
「これはコットンソイルだ。粒子が細かく、崩れやすい土だ。雨と混じると泥になり角がすぐ取れちまう。それが側溝に流れ込んでみろ。あっという間に側溝は泥だらけで使い物にならなくなっちまう」
 亀尾は手を掲げた。指の隙間から土が砂のように落ちこぼれる。
「だから、角にはマラムを使うんだ。そうすれば崩れない」
 杉村は分かったような分からないような顔をしている。杉村も施設科の隊員だが、まだ二任期目の若い陸士長だ。仕方がないと亀尾は思った。
「それより先任、早く帰りましょうよ」
 杉村は辺りを見回しながらか細い声をだした。亀尾も杉村も戦闘服姿だが丸腰だ。武器は携帯していない。最近、この辺りは夜間には銃声が聞こえることもあった。
「なんだお前びびってんのか」
 亀尾の声に杉村は顔色を変えた。
「びびってなんかいませんよ。自分は先任──連隊等最先任上級曹長殿の身に何かあったら困るから言っているんです。失礼ですよ。本当に」
 杉村は亀尾の右胸に付いている先任上級曹長の識別章を指さしながら声を荒らげた。

ページ: 1 2 3