第13回『このミス』大賞 1次選考通過作品 立ち読み 『キラーズ・コンピレーション』

『キラーズ・コンピレーション』

加藤笑田(かとう・しょうた)42歳
1971年生まれ。愛知県出身。
東北大学経済学部卒業。現在は会社員。


 第一章 告示および立候補受付 2月11日(日) 

 幡豆郡(はずぐん)仁宝町(にほうちょう)は愛知県にある。
 とはいっても県外出身者が想像するであろう、名古屋や豊田といった小都市の風情はない。愛知県にだって田舎町は存在するのだ。
 人口はおよそ九千人。渥美(あつみ)半島と知多(ちた)半島に囲まれた三河(みかわ)湾沿いに位置し、地理的なアクセスの悪さから、県が誇る自動車産業とは隔絶されている。主な産業は農業と漁業、なかでも海苔の養殖が盛んだ。
 ちなみに第一次産業を真っ先に税収源として挙げる自治体にありがちなことだが、仁宝町の財政はひどく逼迫している。特に三期連続で町長を務める大月二八郎が就任してからの凋落は著しく、楽天家で知られる大月ですらも、何らかの打開策が必要だと考えたようだ。
 で、彼はとある結論に辿り着いた。
 隣接するN市との市町合併、幡豆郡仁宝町が単にN市となる。
 平成の大合併には乗り遅れたが、いまならまだ補助金の交付もある。またN市には自動車関連の企業から入る法人税、さらにはそこに勤める社員からの所得税収入があり、財政規模は仁宝町とは比較にならない。よって合併によりN市の行政サービスが希薄化しても、十分に賄えると考えたわけだ。そして何より過去十二年間の失政を有耶無耶にしたいとする大月の思惑と、領土拡大で肥大化する自己顕示欲を満足させようとする現N市長の思惑は、見事にマッチした。
 けれど現実は、たった二人の手の内で収まるほど、甘くはない。
 市町合併の噂が広まると、仁宝町では狂信的な地元意識を持つ者たちにより合併反対派の組織が立ち上げられ、猛烈な署名活動が行われた。対する現町長の後援会を中心とした、合併擁護派も負けてはいない。彼らもあらゆる伝手を用いて、合併推進の署名集めにまい進した。
かくして、奇(く)しくも同じ日に、全く異なる二種類の署名が仁宝町役場に提出されることになる。その数、

合併賛成の署名、全4243筆。
合併反対の署名、全4127筆。

 ここで一つの問題が発生した。
 九千人の仁宝町民のうち、選挙権を持つ二十歳以上の人口はおよそ七千五百人。反対派の署名数と賛成派の署名数を加えると、ゆうにその数を越えている。勿論、合併問題という対象が選挙権の有無に直接関係ないとしても、内容が内容だけに、署名は現町長の信任・不信任をも意味する。その上、反対派・賛成派両陣営ともに、署名の性質を鑑み未成年者からは一切受け付けていないと主張したため、役場はその対応に苦慮するしかなかった。
 原因は後日明らかとなる。反対派・賛成派両陣営の署名内容を精査したところ、確かに未成年者によるものはなかった。しかし真逆の方向性をもつ要求に約二千件の重複、即ち賛成にも反対にも署名している有権者が二千人も存在していることが判明した。良くいえば頼まれたら嫌と言えない仁宝町民の気質、悪くいえば地縁重視のことなかれ主義が、町政にさらなる混乱をもたらすこととなった。この珍事は地方テレビ局の格好のネタとなり、ローカルニュースでも取り上げられている。
 当然、町議会は紛糾した。自主独立を訴える左派議員と合併後のポストに自信をもつベテラン議員の怒号が飛び交う中、現仁宝町長・大月二八郎はついに英断を下す。
 町長職を辞して町民に信を問うべき、と。
 これにはその場にいた合併賛成派・反対派の議員諸君、さらには全仁宝町民が閉口せざるをえなかった。
 時は1月半ば。三期目の任期満了まで、二か月を残しての辞任。
 パフォーマンスにしては露骨過ぎる、と。

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