第13回『このミス』大賞 1次選考通過作品 櫻井一成

妻を疑う塾講師が謀略に巻き込まれる
ナンセンス風味のエスピオナージュ

『誑惑のキャットウォーク』櫻井一成

 いわゆる巻き込まれ型のミステリでは、読者に近い立場や感性の持ち主──いわば等身大の人物が描かれやすい。本作はそんな趣向とナンセンスを掛け合わせたユニークな謀略譚だ。
 二十五歳の塾講師である「僕」こと内海悠斗は、外務省勤務の妻・美織の些細な動作をきっかけとして、彼女は偽者ではないかと考える。小説家の伯父・健吾に相談した悠斗は「証拠でも持ってきてもらわないとな」と笑われるが、その直後、悠斗の車がいきなり爆発した。翌朝には庭に首無し死体が出現し、悠斗は容疑者として留置される。すぐに疑いは晴れるものの、今度は彼を乗せた健吾の車がトラックに襲われた。美織が出張に旅立った日、飼い猫のトーユは「飼い主に危機が迫ってきたとき」「猫は警告の意味で喋り出す」と悠斗に語り掛け、さらに「あの美織は本物じゃないよ」と断言するのだった。
 主人公を襲うトラブルや妻の正体(および言動)は現実味に乏しいが、人語を解する猫の存在からも解るように、本作はリアリティを基調にしていない。古風なシーンやキーワードが繰り出されるのも、ベタゆえの解りやすさに直結している。確信犯的な絵空事をシンプルな文章で綴り、味のあるエピローグに着地させた愛すべき一作。重厚さやテーマ性は望むべくもないが、微笑ましいB級テイストを存分に楽しめる。

(福井健太)

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