第5回『このミス』大賞 1次通過作品 07

『レミングの塔』 夏井優綺

 いや、驚いたというか意表をつかれたというか、これは、実に前代未聞の犯罪小説だ。

 静岡県浜松市にそびえる〈エミネントタワー〉。5月24日の朝まだき、この地上59階地下2階の超高層マンションを乗っ取ったという驚くべき電話が、静岡県警に掛かってきた。〈エミネントタワー管理人〉と名乗る犯人は、避難階段に通じるドアをすべて封鎖し、エレベーターを停止することで、居住区全体——3階から最上階まで——を密閉空間とし2千人を超える住民を閉じこめてしまったのだ。しかも、ベランダから逃げようとした場合、全家庭に仕掛けてある爆弾でフロア単位に吹き飛ばすと宣言し、身代金3億5千万円を要求。さらにテレビ局を始めとした、あらゆるマスメディアによる事件の全面的な報道を強要する。

 ターゲットの新鮮さとスケールの大きさを楽しむ〈ハイジャックもの〉で、犯人対警察の手に汗握る攻防戦や、勇気ある住民による決死の脱出劇が展開されるのだろうと思って読み進めていたのだが、大間違い。1/3を過ぎた時点で犯人が明かす〈真の目的〉が、あまりに意表をついていたために思考は一瞬停止状態に。けれども直後、怒濤のように押し寄せた好奇心と期待感に、一気に最後まで読み切ってしまった。そして唸った。これは傑作だ。

 肝心の〈真の目的〉が何かは、ネタバラシになるので明かせないが、それを果たすために極限状態に置かれた住民たちが織り成す生死をかけた愛憎劇こそが、この小説の読みどころだ。そして、犯人に拉致され、事件の顛末を犯人サイドから見届ける役割を担わされる女子高生・沙羅の存在。彼女との対話を通じて、徐々に明らかになる犯人の人間像と犯行動機は、読む者の心に重い課題を投げかけてくる。愛と共感、さらに犯罪被害者の救済という深刻なテーマを中心に据えつつ、独創的なエンターテインメントに仕上げた筆力はただ者ではない。下読み冥利に尽きる素晴らしい作品に出会えた。

(膳所善造)

通過作品一覧に戻る
作品を立ち読み