第4回『このミス』大賞 最終審査講評


大森望

あらゆる新人賞受賞作と比べても一番面白い!

 『チーム・バチスタの崩壊』を読みはじめて半分も行かないうちに、「今回の大賞はこれで決まり」と確信したんだけど、後半に入ってさらに面白くなったのには驚いた。リーダビリティと娯楽性は『このミス』大賞史上最高。それどころか、エンターテインメントとしての面白さにかけては、過去5年間のあらゆる新人賞受賞作と比べても、これが一番じゃないですか。

 大学病院の人間関係や手術場面のリアリティは「ER」級。しかし、この小説のすごさは、徹底してリアルなその世界にマンガ的な(誇張された)キャラを放り込み、みじんも違和感を与えない書きっぷりにある。類型の使い方のうまさはコニー・ウィリスを連想させるほど。主役の田口はもちろん、天才心臓外科医をはじめとするチーム・バチスタの面々から脇役の病院長に至るまで、それぞれ抜群にキャラが立ち、地味なプロットがまったく地味に見えない。とりわけすばらしいのが後半から登場する名探偵(?)白鳥圭輔。この小説を読んだ読者の8割は、白鳥を主役にシリーズ化してほしいと思うはずだ。

 ミステリ部分の真相はそう意外なものじゃないけれど、犯行動機の説明はじゅうぶん納得がいくし、犯人が明かされてからの展開(事件をどう決着させるか)も気が利いている。議論するまでもなく、全員一致でこの作品の大賞受賞が決定した。

 個人的にもう一本、強い愛着があったのは『ツキノウラガワ』。大賞は無理でもせめて優秀賞を――と意気込んで選考会に臨んだが、残念ながら他の3人の賛同が得られなかった。そりゃま、毒殺ネタの本格ミステリってことで話は小粒かもしれないが、アントニー・バークリー『毒入りチョコレート事件』ばりにさまざまな推理が積み重ねられ、論理パズルの面白さが堪能できる。個性が光るのは、語り手と被害者の人物像。毒物死する晴菜は、誰からも愛される理想の女性だが、一卵性双生児の姉にあたる語り手の陽菜だけは、妹の真の姿を知り、激しく憎んでいる。その陽菜の目の前で晴菜がパラコート剤を飲まされて死亡する。いったい誰がどうやって殺したのか?

 ハウダニットをめぐる議論も冴えるが(捨てネタにちゃんと手間をかけている)、ポイントはホワイダニット。登場人物たちの「考え方」の奥に分け入って「意外な動機」を焙り出す方法論は、西澤保彦の初期パズラー群を彷彿とさせる。国産の本格ミステリとしては年間ベストテン級の出来だと思う。その一方、小説としての肉付けや文章の完成度に多少の不満が残るのは事実。改稿を前提としてこれに優秀賞を与えるより、捲土重来の次回作が大賞を受賞することに期待したいという多数意見に抵抗しきれなかった。力及ばず申し訳ない。一年待てというのは酷な話だと思いますが、ぜひもう一度、この賞に挑戦して大賞を獲得してほしい。

 この2作に続く三番手に推したのは『殺人ピエロの孤島同窓会』。この作品をどう遇するかをめぐって選考会は紛糾した。なにしろ作者の年齢が12歳(応募時)。「作品は作者と切り離して内容だけで評価すべき」という建前はあるにしても、12歳が書いた長編ミステリを読んでみたいと思う人は多いはず(実際、最終候補作6編の中で、僕はこの小説を真っ先に読んだ)。公募新人賞が“売れる新人”を発掘するオーディションの性格を持つ以上、年齢に限らず、読者に強くアピールできるプロフィールは、作家的な才能のうちだろう。

 孤島に集められた若者たちが次々に惨殺されてゆくという設定は、『そしてだれもいなくなった』をはじめ無数の先例があるが、おそらくこの作品は高見広春『バトル・ロワイアル』の影響下にある。しかし、長編ミステリの骨格がきちんと与えられている点で、小中学生のあいだで無数に書かれている『バトロワ』オマージュ小説とは一線を画し、ゲーム的な殺人描写のインフレーションが(それこそ、往年の筒井康隆の人間パイ投げ小説群のように)独特のスラップスティックな面白さを醸し出す。作者が意図した効果かどうかはともかく、徹底的にリアリティを欠くことで生まれた現代的なアリティみたいなものが新鮮だった。

 ライトノベル系の新人賞ではローティーンの応募が珍しくないし、実際、僕が審査に加わった範囲でも、今年の第4回アニマックス大賞(アニメシナリオの公募新人賞)では、11歳が書いた作品が佳作に選ばれている。しかし、そうした同年輩の書き手が”幼さ”を武器にしているのに対して、『殺人ピエロの孤島同窓会』の文章にはエンターテイナーとしての筆力がある。

 この才能を世に出すのなら、選考会としてもきちんとしたかたちで賞を贈り、責任を負うべきだろうと思ったが、侃々諤々の大議論の挙げ句、一回限りの「特別奨励賞」ということで決着した。それが正しかったかどうかについては、来年2月刊行予定の作品を読んで判断してほしい。

 残り3作については簡単に。『週末のセッション』は幾何学的な構造の洒落たコンゲームもの。狙いは非常に面白いし、文章も悪くないが、寓話的な外枠を採用しているだけに、個々のエピソードのディテールにもう少し気を遣ってくれないと絵空事に見えてしまう。

 『人体愛好会』は、福本伸行の向こうを張ったギャンブル心理サスペンス。ゼロから想像したオリジナルのゲームはシステムがよく考えられている。マンガの原作ならこのままでもじゅうぶん商品価値がありそうだが、後半の展開に難がある。

 『カメラ・オブスキュラ』は、いい意味でも悪い意味でも江戸川乱歩賞型のミステリ。たいていの新人賞なら受賞してもおかしくないレベルだが、完成度が高い分、警察側の描写など、「それはないだろう」という箇所が気になった。


香山ニ三郎

大賞作品は満場一致で決定

 今回は自分の結論もはっきり出たし、昨年のような混戦にはなるまいと予想していた。案の定、大賞作品は選考会開始後わずか数十秒――各委員が採点に要した時間だけで決定。その点満場一致といってもいいのだが、個人的には注文もないではなかった。

 それについては後述するとして、他の5作の中では、真仲恭平『カメラ・オブスキュラ』と多々忠正『ツキノウラガワ』、水田美意子『殺人ピエロの孤島同窓会』の3作に注目した。伊薗旬『週末のセッション』と方波見大志『人体愛好会』は残念ながら、早い段階で見送らざるを得なかった。

 『週末のセッション』はトラブルに見舞われた4人の男がそれに対処すべくウロボロスの蛇のごとく互いの尻尾に噛みつく話で、各エピソードとも軽タッチのコンゲームものとしてうまく出来ていたが、冒頭で呈示される構図の枠内できっちりまとめられた小品という印象が否めなかった。プロットの練りかたひとつで、先の読めないサスペンス演出も可能だったはず。次作は全体にヒネりをつけた大仕掛けで降参させてください。

 『人体愛好会』を読んで真っ先に思い出したのは福本伸行のマンガ『賭博黙示録カイジ』だったが、本篇は登場人物が参加する命がけのカードゲームそれ自体に独自性があった。しかしギャンブルに疎いワタクシを萌え上がらせるには至らず、ゲームの裏側の人間関係劇も今ひとつ熟成不足。そこんところをしっかり練り込むことが出来るようになれば、この書き手もブレイクするのは必至。ゲーム抜きでも読ませる演出力を磨いたうえで、ぜひ再挑戦していただきたい。

 注目作に移ると、まず『カメラ・オブスキュラ』は文章の巧さに感心させられた。写真家志望の青年探偵が猟奇死体を発見、その被害者の意外な素性や彼につきまとうサイコキラーの謎等、前半の展開も充分魅力的だし、その勢いのままフィニッシュして欲しかったが、後半は想定内の愛憎劇に収斂していき、なおかつ主人公のマスコミ対応ぶりや警察捜査の描きかたにも問題ありということで、ちょいと失速。個人的には、前半のドライブ感を買って、加筆訂正ありで優秀作が狙えるのではと思ったが、他の委員の乗りが悪かったうえ、優秀作については、安易に授賞させるよりは次回で改めて大賞を狙っていただいたほうがよいという意見も出たため、強く推すのは控えざるを得なかった。この作者は、より強烈なラストスパートを身につければ、即プロデビューできる力量があると思う。

 『ツキノウラガワ』は対照的なキャラを持つ双子の姉妹を主役にした本格ミステリーで、その妹の夫の海外赴任を祝う歓送会で彼女が毒殺された事件の顛末が描かれていく。綺麗で奇矯な姉の一人称語りといい、捜査に入れ込む熱血刑事の迷走ぶりといい、端正な本格作りで、作者の豊かな才能が窺える。本篇を高く買う委員の気持ちもわからないではなかったが、これまた優秀作より次回で大賞を狙わせたい、という声に賛同することに。

 で、問題になったのが、『殺人ピエロの孤島同窓会』

 お話は、本土から1500キロ離れた島に集まったその島の高校の同窓生たちが凄惨な殺人ゲームに巻き込まれるという『バトル・ロワイアル』系の殺戮大活劇。ブラックなタッチや大人数の男女をそれなりに書き分けている辺りは好印象としても、そもそもの設定からしてありえねーし、展開も仕掛けもはなはだ荒っぽい。通常ならいの一番(死語)に外すところだが、何せ書き手は執筆時12歳だったのだ。大森委員にいわせると、昨今のライトノベル界ではローティーンの書き手は決して珍しくないそうで、何ともどえらい時代になったもんだが、そうした潮流をアピールするうえでも“大賞&優秀作”という本賞の枠組みとは別個に賞を授けてもよいと判断した。授賞については意見が分かれたが、何、反対派だって、出版化には異論はないし、作者の顔だってみたいのだよ――などといって説得したわけではないけど、“特別奨励賞”ということで何とか授賞にこぎ着けた。

 大賞の『チーム・バチスタの崩壊』は出だしの文章に少々引っかかったものの、細かいところは訂正可能、ノープロブレム。ワタクシが注文をつけたのは、病院勤務医の主人公が手術ミスを調査する羽目になり、関係者に聞き込みに当たるというパターンが、後半も繰り返される点にあった。ただし主人公に代わって調査につくのが、奥田英朗『イン・ザ・プール』や『空中ブランコ』でお馴染み伊良部一郎とはまた別タイプの超変人であるところが味噌なのだが、個人的には、調査役のバトンタッチの間に、さらなる奇ッ怪な事件が起きるなど、いったん読者の目を逸らすエピソードが欲しかったと思うのだ。

 キャラは立っているし、展開もスリリング、確かに面白さは候補作中、随一。授賞に反対するつもりはまったくないし、ヘタに直しを入れて話のバランスを崩されてもまずい。作者には、参考意見としてお汲み取りいただければ幸いである。


茶木則雄

仕事を忘れて夢中で読んだ応募作

 今年ほど意見が割れた選考会はない。他の選考委員も触れているように、大賞はものの数分、史上最短、即決で決まったにもかかわらず、である。全員が最高点を付けた結果、論を待たず大賞に選ばれた『チーム・バチスタの崩壊』については後ほどゆっくり語るとして、まずは選考会を揉めに揉ませた『殺人ピエロの孤島同窓会』である。

 間違いなく1次は通過する作品だ。所詮、中学生が書いた作品、話題性だけの作品だろう――読む前は正直そう思っていた。しかし実際読み始めると、想像以上に完成度は高かった。最後まで読ませるだけの力を持っている書き手である。会話の繋ぎ方なんぞは、新人賞の最終候補レベルに近いものがある。とてもじゃないが、12歳が書いたものとは到底思えない。

 だからこそ、『このミス』大賞で何らかの賞をという話になったのだが……。

 まず前提として、作品そのものの力はやはり1次通過レベルでしかない。ではなぜ2次を通過し、最終候補に残ったのか。それはひとえに、執筆時12歳の少女がこれだけの作品を生み出した――その話題性一点に尽きる、と私は理解している。いやしくもミステリーファンなら、12歳の少女が書いたミステリーを読んでみたくないという人間は極めて少数であろう。大半のミステリーファンは読みたい、と2次選考会で結論を出したからこそ、最終候補に残ったのだ。この作品を本にすることについては当初から全く異論はない。一読者として、一ミステリーファンとして、この12歳が書いたミステリーを私自身は楽しんだ。多くの読者とこの楽しみを分かち合いたい、正直にそう思った。

 しかし、『このミス』大賞として、なんらかの賞を与えることに関しては、個人的な疑問をぬぐえない。なぜなら、繰り返すようだが、作品そのものは1次通過レベルでしかない。12歳の少女が書いたものでなければ、本にする価値はないというのが率直な私の意見だ。であるならば、本当にこの作品が12歳の応募者ひとりの手によって書かれたものであるかどうか、賞を与えるならば、検証する義務が選考委員にはあると思う。

 とはいえ実際、その検証の方法は難しいと言わざるをえない。したがって選考会として賞を出すべきではない、というのが私の意見だった。が、他の選考委員から、デビューさせる以上、選考委員としてなんらかの形でエールを送るべきではないか、という意見が出され、議論に議論を重ねた結果、特別奨励賞という形で落ち着いた次第だ。私としても、12歳の少女がこうしたエンターテインメントの賞に応募するという一点をとっても、奨励する意味はあるのではないか、と納得した次第である。

 さて、『チーム・バチスタの崩壊』である。仕事を忘れて、これほど夢中で読んだ新人賞応募作も実に久しぶりだ。主人公をはじめとする登場人物のキャラが、ここまで立ちまくっている小説は近年記憶にない。専門知識を駆使した、細部の確かさ、リアリティ、シリアスな部分がしっかり描き込まれている。その一点でも近年出色の医学ミステリーとして充分評価に値するが、それを上回るキャラクターの面白さ、語り口の巧さ、設定の斬新さは読み手の脳髄を深くえぐるものだった。一度読んだら忘れない、ずば抜けた印象がこの作品にはある。今世紀最高の新人賞受賞作との意見も出たが、あながち誇張ではないと思う。私がなによりも高く評価したのは、原稿を読む限り決して小説を書き慣れているとは思えない(例えば無駄な行空きや、エンターテインメントとしては珍しい「」内の読点など)にもかかわらず、これほど素晴らしい作品を生み出す作者の紛れもない才能である。

 『このミス』大賞が自信を持って送り出す受賞作だ。

 個人的に愛着があったのは『週末のセッション』『人体愛好会』である。『週末のセッション』の構成の巧さは個人的に極めて印象に残った。文章もしっかりしているし、コンゲーム的なストーリー展開も魅力的だった。が、4つの物語が密接な形で有機的に絡み合い、ひとつの長編としてオーラを放つまでには至らなかった。『人体愛好会』は以前、別の新人賞の候補作として目を通した作品だった。ギャンブルファンの私としては、その駆け引き心理描写を高く評価し、面白く読ませてもらった。しかしいかに改稿しようと、大賞レベルに達するほどの作品とは成りえていない。他の新人賞に応募した作品を改稿して同じ作品で再度応募することは、個人的にはあまり感心しない。新しい作品で応募してこそ、応募者の才能をアピールできるのではないか、と私は思っている。

 『カメラ・オブスキュラ』は、最も割をくった作品だろう。他の新人賞であれば、受賞した可能性はある。なによりも、完成度という点においては、受賞作を除いて最終候補中一番高かった。しかし、読み終わって残るものが希薄と言わざるをえない。厳しい言い方をすれば、可もなし不可もなしという感じだ。こういう書き手に一番望むものは、なんでもいいから一つ突き抜けたものを作中に生み出すこと、これに尽きる。

 『ツキノウラガワ』は惜しいという意味では、最も惜しい作品であった。ミステリー的なたくらみの深さは、プロの作家と比べても決してひけをとらない。改稿のうえ、優秀賞という意見もあったが、むしろ再チャレンジして、『このミス』大賞史上初の本格ミステリー受賞作を目指した方がよいという意見が多数を占めた。来年の再チャレンジを選考委員全員、今から心待ちにしている次第だ。


吉野仁

これほど愉しく読ませてもらった作品はない

今回、大賞を海堂尊『チーム・バチスタの崩壊』に与えることに関しては、わたしも賛成で、即座に満場一致で決定した。

ただし、わたしだけが『チーム・バチスタの崩壊』に対して、もっとも低い採点だった。作品としては申し分のないどころか、今年刊行されたプロ作家の小説と比較しても、これほど愉しく読ませてもらった作品はないと言うくらい痛快な一編だった。だが、謎の魅力、犯罪をめぐるサスペンス、ラストの興奮もしくはサプライズといった部分がやや弱いため、そこをマイナス点にした次第。

もっとも、この作品にミステリーの要素がないわけではない。それどころか、存分に発揮されている。事件以外の小ネタの部分やキャラクターの意外性で読ませるところだ。

わたしが考えるミステリーの基本のひとつは、「Aだと思っていたものがじつはBだった」という驚きにある。本作では、さりげない会話やくすぐり(ギャグ)のなかに「Aだと思っていたものがじつはBだった」という展開がこれでもかとばかりに出てくる。医療過誤をめぐる事件、もしくは大学病院にまつわる専門的でシリアスな題材を扱いつつ、しかもやや凡庸なプロットにもかかわらず、最後まで飽きさせないどころか夢中にさせられたのは、笑いにつながるそうした逆転のエピソードがあちこちに細かく織り込まれていて、話にめりはりがついているからだ。

しかも、プロの作品でさえ読み終えたあと登場人物の名前を記憶している例は少ないのにもかかわらず、本作の主役、田口と白鳥の名は、しっかりと心に刻まれた。強烈なキャラクターなのだ。加えて彼ら以外の人物もいい。バイプレイヤーの魅力を発揮している。役者揃い。なんて凄い新人が現れたものか。

惜しかったのは、多々忠正『ツキノウラガワ』で、なぜ「メフィスト賞」や「鮎川哲也賞」ではなく「『このミス』大賞」に応募したのか?と思うくらい、(おそらく)本格ミステリのファンに対して、くすぐって欲しいところをくすぐっている作品だと感じた。設定や発想や語り口など、すべて「推理」にこだわって書かれているのだ。しかし、読んでいて、場と時と人の関係が分かりづらいなど、小説としての出来がいまひとつ。そこをクリアさえすれば文句なし。随所に、光るところがあり、優れた才能を感じさせるだけに残念だが、作品をどんどん書いて、(なんらかの賞で)デビューしていただきたい。

真仲恭平『カメラ・オブスキュラ』は、きわめて端正な作品だ。この書き手は、おそらくどんな新人賞に応募しても、2次ないし最終候補に残る筆力を持っているようだが、いまひとつ、読み手を惹きつける個性に欠けている。話をつくって、まとめました、という感じ。なにか過剰で破天荒な、自分でも予期しない展開の作品になってしまうような、自らを裸にしてしまった、強烈なエネルギーのこもった小説を書きさえすれば、即、受賞できるだろう。逆にいえば、それがどこにもない。ぜひとも、巧いだけで終わらない小説を書いて欲しい。

伊薗旬『週末のセッション』はアイデアはユニークながら、それだけで終わっている感じで、意表をつく展開やサスペンスに乏しい。もうひとつ、予想のつかない仕掛けを設けてほしいのだ。

方波見大志『人体愛好会』は、カードゲームの説明が分かりづらく、ギャンブル小説としての面白さが伝わってこなかった。

問題の水田美意子『殺人ピエロの孤島同窓会』は、まだまだ小説として出来上がっていない。受賞する完成度に達していないのだ。どれほど若くて可愛くて将来性があろうとも、音痴な歌手の歌など聴きたくない。それと同じ。この先、歌唱力がつくかもしれない、という可能性だけで賞を与えるのは問題だと思う。あくまでわたし個人は責任を持つ気はないが、他の選考委員が主張した「特別奨励賞」にしぶしぶ賛同した。将来、いい形で才能が開花するのを祈るばかりだ。