第1回『このミス』大賞 優秀賞 受賞作

『沈むさかな』式田ティエン

式田ティエン(しきた・てぃえん) プロフィール

1955年、共同通信社社会部員の父と、もと中学校教員の母との間に浦和市で生まれる。
すぐに横浜市に移る。
神奈川県立希望ケ丘高等学校を最低に近い成績で、武蔵野美術大学造形学部芸能デザイン学科を最高に近い成績で卒業。
CM制作会社日本天然色映画(株)に数百人のライバルを破り入社、CM演出家として7年半にわたり修業す。
現在、フリーのCMディレクターとして、妻、一男と横浜市に暮らしている。


受賞コメント

小説を書くということは、嘘をつく快感にひたること──たとえ読者がひとりもいなくても、それは幸福な趣味だ。どんな小説家でも、最初は読者のいない小説を書いている。

それがこの賞の1次選考を通過するや、数ページ分にせよ初めての読者を得た。嬉しかった。サイト上に寄せられたコメントの一行一行を繰り返し読んだ。力づけられた。これが小説を書くことの真の喜びだったのか、そう気づいた。ありがとう、コメントを寄せていただいた皆さんに心からお礼申し上げます。思えば私は今日まで、あまり褒められた経験が無い。

だが今回はそれだけを成果とし、居並ぶ勢いのある作品たちに私の小説は完敗した、と悟った。すぐにも精進に努めるべきだったが、海へ潜りに行った。帰ってきた夜、ファクスが虚しく呼び出し音を奏でている。紙は出てこない。どうせ間違い電話だ、と思って放っておいた。それが優秀賞をいただいたという知らせだとは、翌朝になってからメールで知った。幸福な趣味の時代は突然終わった。

死んだ父から幼い頃、物書きは食えねえぞと何度も聞いた。フィクションに傾倒する我が子を牽制するようだった。ジャーナリストの父にとって言葉は常に事実のみを伝えるもの、そこにこそ真実があると信ずる人だった。

で、お前さんの書きたかったことがこれか?──幽霊が尋ねている。嘘八百のそんなものに、果たして真実はあるかね?

幽霊よ。私もまた真実の言葉を聞いた。ただしそれはフィクションの言葉。娯楽小説にも、嘘の中にも、真実の言葉がある。私は今までどれほどそれらに助けられてきたことか。私もまた一行の言葉の力を信じているのだ。

フィクションとはそこに無いもの、未知ゆえに常に新しいもの。だからこそ、誰もいまだ書いたことのない自分だけの言葉を記していきたい。それが私の野心だった。──その志を忘れずに書き続けたい。

幽霊はにやにや笑ってやがる。