第1回『このミス』大賞 1次通過作品 立読み

 (二)

 俺は、繁光為人(シゲミツ・タメヒト)。死んだ親父が、人の為になるようにと名付けたが、その考えは甘かったようだ。名前だけで人間がどうなるものではない。
 今年の五月で三十五才になる。大学受験に三年連続で不覚を取り、その後、多少ぐれた。まともな会社勤めをすることなく、お水関係やその筋に近い仕事をあれこれとやってきたが、どれも長続きしなかった。ここ三年は、吉端の叔父貴ーー昨年死んだお袋の弟ーーのもとで取り立て屋まがいの仕事に就いてきた。俺の意志じゃない。お袋が、その頃ぶらぶらしていた俺を見兼ねて、吉端の叔父貴に頼み込んだ末のことである。
 去年の夏、叔父貴の金を借りたまま逐電した野郎がいた。そいつは、北浜で探偵事務所を開いていやがった。場所柄からすると、企業調査が専門だったのだろう。俺は、叔父貴の命令で、その探偵事務所を見張っていた。野郎が顔を出したら、引っ捕まえるためだ。野郎は来なかったが、一週間後に、元事務員と称する化粧の濃い女が私物を取りに現れた。俺は、その女から事務所の鍵をもぎ取り、以来、見張りの名目でその事務所にほとんど住み着いている。
 事務所は七階建てマンションの三階の一室を改造したもので、二十平米ほどの小さなものだ。下から三階くらいまでは、店舗や改造事務所で占められており、それより上の階は、主に住居として使用されている。調べてみると、賃貸物件ではなく分譲物件であった。遁走中の男の名義になっている。もちろん、登記簿の乙区には、付けられるだけの抵当が付いていた。
 一カ月も住むと、他人のものでも自分のもののように思えてくる。俺は、その事務所、北浜探偵調査事務所の主としての生活を始めた。
 そのうちに、探偵の仕事もこなすようになった。電話帳だけ見て依頼の電話をかけてくるそそっかしい客が月に二、三人おり、俺は所長として対応した。依頼どおり調査できることもあれば、できないこともあったが、どちらの場合も料金は適当にふんだくった。ある浮気調査では、夫の浮気現場の証拠写真を依頼人である妻に渡すとともに、夫にも買えと迫って、両方から金を得たこともあった。
 だが、うまい話は長く続かない。年が明けると客足が途絶え、金銭的に困窮するようになった。マンションの共益費はまあよいとしても、電気、ガス、水道、電話は料金を支払わないと供給をストップされてしまう。今日叔父貴を訪ねたのは、事務所存続のための金の無心だったのだが、軽く一蹴されてしまった。そればかりか、今月中に事務所を引き払えとまで通告された。俺としては、辛いところである。
 土佐堀(トサボリ)通りから南に入って何回か曲がり、俺の事務所のある古臭いマンションの前まで来た。一階は喫茶店である。店名は知らない。そんなものがあったかどうか記憶もないような地味な店である。
 喫茶店の脇にある狭い入口から奥のエレベーターホールまで小走りに通り抜け、突き当たりにある階段を三階まで一気に駆け上がった。事務所のドアを開ける。カモがソファの上であぐらをかいて、インスタント麺を食っていた。
 「お帰り、兄貴」
 「ああ」
 「その顔色やと、あかんかったんか」
 「そういうこっちゃ。あの叔父貴がそう簡単にうんと言う玉か」
 「そらそうやろうけど、ちょっと困ったな」
 カモにしては珍しく眉根を寄せた。
 カモは本名を鴨井信(カモイ・シン)という。年は二十六になるのだが、小柄なせいもあって二十歳そこそこにしか見えない。五年程前、俺が宗右衛門町(ソウエモンチョウ)でこじんまりしたカウンターバーの雇われマスターをやっていた頃に、よく店に来た。それ以来、俺を兄貴分として奉ってくれるので、俺も常に傍らに侍らせていた。探偵事務所が手に入った時に声をかけてやったら、子雀のように飛んで来た。それからずっと、俺の助手を務めている。一年中レザーキャップとブルゾン、ジーパンにスニーカーというスタイルを崩さない。知的という言葉のイメージから最も遠いところに位置する存在であるが、はしっこいところと寝惚けたところが同居したいい加減なキャラクターの持ち主である。
 俺は、カモの向かい側のソファに腰を下ろした。尻がすっぽり偽皮のソファに埋まった。スプリングがへたっているのだ。
 カモは食いかけの手を止めたまま、宙を見つめている。考え事をしているらしい。滅多にないことだ。


著者略歴
著名:香住 泰(かすみ たい)
年齢:50歳
職業:サラリーマン
略歴:
1951 京都府で出生
1974 同志社大学卒業
1997 第19回小説推理新人賞受賞
2001 大阪ミレニアムミステリー賞大阪21世紀協会賞受賞
同年 『牙のある鳩のごとく』(ハルキノベルズ)刊行
同年 『錯覚都市』(双葉社)刊行

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