最終候補作発表!
次選考の結果、最終候補作は以下の5作に決定しました。
本賞では、荒削りでも未知の可能性やオリジナリティの感じられる作品を評価します。今回、選にもれた方、応募を見送られた方も、次選考選評ならびに10月上旬に発表する最終選考結果を参考にしていただき、第4回『このミステリーがすごい!』大賞にぜひご応募ください。第4回の募集要項は大賞発表時に本サイトに掲載します。(『このミス』大賞事務局)

最終候補作
  • 『スロウ・カーヴ』
  • 水原秀策
  • 人気プロ野球チームの投手を襲う、恐ろしい陰謀! その狙いとは

  • 『果てなき渇きに眼を覚まし』
  • 古川敦史
  • 失踪した娘を追い求めるうちに、徐々に“闇の奥”へと遡行していく父。娘は一体、どんな人間なのか

  • 『血液魚雷』
  • 町井登志夫
  • コペルニクス的発想! これぞ21世紀版「ミクロの決死圏」

  • 『パウロの後継』
  • 深野カイム
  • 14歳のスナイパーが、悲劇の連鎖の引き金をひく。すべての源流は、内戦に苦しむリベリアの地に―

  • 『オセロゲーム』
  • サワダゴロウ
  • 巧妙に仕掛けられた殺人ゲーム。密度高く構成された、不純物ゼロのミステリー

2次選考選評

千街晶之氏コメント
候補作の水準の高さに感心

幾つかの文学新人賞の下読みを掛け持ちしているのだが、いつもながら、『このミス』大賞の候補作の水準の高さには感心させられる。才能の原石は、まだまだ日本のあちこちに埋もれているらしい。ただし今回は、頭一つ飛び抜けた作品はなかった。最終選考委員の方々がどんな判定を下すのか、全く予想がつかない。それだけに、どの作品が受賞するか、例年にもまして結果発表が楽しみである。

まず、予選を通過した5作品について。

『スロウ・カーヴ』は、完成度の高いスポーツ・ミステリである。キャラクター造型は主役から脇役まで生彩に溢れ、二転三転する謎解きも悪くはない。選考会では、犯人の意外性が不足しているという意見も出たが、この登場人物数では仕方がないのではないか。ただし、この作品には問題がひとつだけある。他作家の先例と比較せずに単体として読んだ場合の評価はともかく、これまでのスポーツ・ミステリの数々と較べた場合、果たしてどこか飛び抜けたものがあるのか、という問題だ。

万人向けの『スロウ・カーヴ』の対極に位置するのが『果てなき渇きに眼を覚まし』である。個人的嗜好で言えば、私はこの作品が好きではないし、嗜好の問題を抜きにしても、無視し難い弱点が多すぎる(終盤の展開は慌ただしすぎるし、伏線らしい伏線もなしに真犯人が唐突に正体を現すラストには唖然とした。また、三人称なのに一人称っぽい文章が混在しているのも気になった。仮に受賞したとしても、かなりの加筆が必要となるだろう)。しかし、それらの弱点をねじ伏せるほどの、暗い情念がほとばしる筆力はただものではない。将来、最も大化けしそうなのはこの作者だと思う。

ちょっと評価に困ったのが『パウロの後継』。あからさまな欠点はない。どんな新人賞でも、最終選考までは到達できると思われる。その代わり、読後いつまでも記憶に残るほどのインパクトもない。減点法で採点するなら最も有利だろうが、『このミス』大賞では、こういう作品はかえって埋もれる危険性が大きい。

『オセロゲーム』は、フランス・ミステリ風のトリッキーなサスペンス小説。繊細な雰囲気の魅力もさることながら、なかなか非凡なアイディアが二つほど含まれている。分量的にも小品という印象なので、他の候補作と並べた場合ちょっと不利ではあるのだが、この人の他の作品も読んでみたい気はする。

『血液魚雷』の作者は既にプロとして作品を発表している人だが、読点の打ち方が変な上に、意味のない体言止めが多すぎ、しかも章の区切り方がいかにも思わせぶりなわりに効果を上げていない……という体たらくで、文章面はプロらしからぬところが多く、キャラクター造型も通り一遍である。ただし、作中に登場する架空の医療機器のアイディアと、血管内に出没する謎の物体の不気味さはインパクト抜群で、これだけでも最終選考委員の意見を聞く値打ちはあると思った。個人的には、この話は小説よりは、CG使いまくりの映画に相応しいと思うけれども。

次予選落ちした作品の中で、最も「惜しい」と思ったのは『白い荒野』である。空前の豪雪に襲われた東京でさまざまな危機をくぐり抜ける男女のパートと、豪雪対策に奔走する政治家や自衛隊幹部のパートとが、まさかあんなふうに結びつくとは予想できなかった。こういう仕掛けは、私は大好きである。にもかかわらず強く推しきれなかったのは、ひとえに文章の単調さ(加筆でどうにかなるレヴェルではない)が理由。この作者には、ご自身の原稿をためしに音読してみることをおすすめしたい。それだけでも、読んで心地いい文章かどうか、自分でもある程度は判断できるようになると思う。

『一六○X』は評価が割れた作品で、私は否定派に廻った。事件の黒幕が何故ここまで煩雑な計画を立てる必要があったのか、どうしても納得できなかったのである。意外性を重視して話を複雑にするだけなら簡単だが、人物の行動の必然性にももっと気を配る必要がある。また、歴史小説・時代小説は、ミステリとは違った意味で「うるさ方」の読者が多いジャンルである。そういった読者の存在を想定した場合、この作品は(用語の問題などを含め)余りにも脇が甘すぎる。

『ハッピープレイス』からは、残念ながら美点を見出せなかった。ユーモアのセンスの相違は仕方がないとして、ある程度小説として体をなしていたならば、多少センスが合わなくてももっと評価できたはずである。

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茶木則雄氏コメント
予測不能の大混戦

1次選考委員の諸氏に、まずは謝意を表したい。次の俎上にのぼった候補作の総体的なレベルの高さは、前回、前々回を凌ぎ、過去最高のものだった。これだけ粒が揃うと、苦汁の決断を迫られ、泣く泣く落とした作品もあったかと思う。1次の苦労が偲ばれる水準の高さだ。

が、その責任は十二分にまっとうしていただけたと言える。粒揃いという意味では、今回は間違いなく、『このミス』大賞史上最強のラインナップである。

それにしても、よくぞこれだけバラエティに富んだ作品が集まったものだ。野球ミステリあり、ユーモア・ミステリあり、フランス・ミステリ風のサスペンスあれば、ノワールもあるし、なんと自然災害ミステリもある。はては時代活劇やSF医学ミステリまであった。割り当てられた応募作の中から最も優れた作品を選んだ結果で偶然の産物とはいえ、その後の選考に携わる者としては天の配剤に感謝すべきだろう。

これだけジャンルが多岐にわたると、読んでいてもまったく飽きがこない。ほとんどの作品が仕事を離れて愉しく読めたことを告白しておく。ただ、そんななかにあって、個人的にどうしても馴染めなかった作品がある。1次で担当者がその才能を高く評価した『ハッピープレイス』だ。ユーモアのツボは人それぞれあろうかと思う。私のツボとはいささか異なるが、(万人向けかどうかはともかく)この作品に腹を抱える読者がいても不思議ではない。なるほど電車の中での乱闘シーンは、そのばかばかしさに思わず鼻から息が漏れたほどだ。しかし、文章の完成度と全体の冗長さは如何ともし難い。今後化ける可能性は否定しないが、現時点ではごくごく一部の好事家の琴線に触れる程度だろう。

如何ともし難い欠点を抱えているという意味では、時代冒険ミステリの『一六〇X』も同様である。アイデアは面白い。個々のそれは斬新なものではないが、様々なアイテムを組み合わせるそのバリエーションの豊富さには魅力を感じた。伏線も使い方にも見るべきところはある。しかし、時代小説として最低限押さえるべき常識を、あまりに逸脱し過ぎている。時代設定を考えればありえない現代語が会話の随所に散見されるたびに、せっかく盛り上がった気分が萎え、腰が砕けそうになるのだった。もっともこれは直して直らない欠点ではない。如何ともし難いのは、登場人物の行動原理に説得力を構築できていない点だ。意外性を重視するあまり、プロットを軽視しているのである。プロットとはすなわち必然の積み重ねである。いかに突飛な行動・心理がそこにあっても、それを読者に納得させる文章力がなければ、その作品は単なる絵空事に過ぎない。小説は所詮、絵空事かもしれないが、われわれが読みたいのは、少なくとも私が読みたいのは、良く出来た絵空事だ。

最終候補の選に漏れたなかで最も惜しまれるのは『白い荒野』である。この作品には、すでに言及した2作のような如何ともし難い欠点はない。豪雪に閉ざされた東京で起こる数々の人間ドラマは、その斬新な舞台設定と相俟って作中に確固たるリーダビリティを構築し得ている。ページを繰らせる力は新人ながら相当なものだ。現金強奪シーンに端を発する予測不能の犯罪劇は、スコット・スミス『シンプル・プラン』を彷彿とさせ、自分の中での期待値が一挙に跳ね上がったものである。後半の大仕掛けもいい意味で予測を裏切って読ませる。臭みの強い恋愛ドラマに目を瞑れば、また文章の完成度に目を瞑れば、最終候補に挙げて挙げられなくはない。

しかしこれを叩くとなると、大変な作業になるのは事実だ。残った5作と比べてその差は、かなりの開きがあると言わざるを得ない。

最終候補の5作については、ここでのコメントは差し控えたい。推す作品の強弱は確かにある。が、はっきり言って今年は横一線だ。それぞれに欠点はあるし、それぞれに磨けば必ずや光る原石の煌きが認められる。ただタイプが異なるだけに、横の比較は極めて難しい。議論百出することは間違いないと思う。おそらく読み手としての真贋が問われる選考になるはずだ。したがって今から、手の内を明かすわけにはいかないのである。

今年は例年以上に、心して臨みたい。

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村上貴史氏コメント
最終選考委員の判断が愉しみ!

1次選考委員も兼ねているが、その段階でかなりの手応えを感じていただけに、期待を持って次選考に臨んだ。そして、自分が1次で選んだ『白い荒野』『オセロゲーム』以外の6本を読んだところ、5本までもが期待通り高水準の作品であった。6分の5というのは、実のところ非常に高い確率なのである。通常、1次選考委員に振り分けられる作品の出来映えにはバラツキがあり、その結果として次に残されてくる作品のクオリティにもバラツキがあるのだ。しかしながら、今回は見事なまでに高いレベルで横一線に並んでいた(裏返していえば、昨年のように頭抜けた作品もなかったということでもあるのだが)。

そんなレベルの高い横一線のなか、最終に残れなかった作品は3本であった。そのうちの1本、満賀ミチヲ『ハッピープレイス』だが、大して笑えなかったのは「ツボ」が異なるからと分析できるにしても、会話の応酬のあいだに地の文での長々とした説明文がはさみこまれたりするなど、テンポのよい読書を妨げる記述が散見された。しかも、小説自体がやたらと長い。これらはすべて作者が読者をエンターテインしようという基本姿勢の逆を行く表現である。半分の長さに刈り込めば、もっと読める作品に仕上がったのではないかと思う。

続いて1次で私が推した関根浩平『白い荒野』についてだが、この作品のアイディアは他の選考委員にも高く評価された。しかしながらおじさんくさい恋愛劇が圧倒的に不評であり、また、文章も不評で、あえなく落選した。それらに目を瞑れば(両目でなくともよい。片目を時折瞑る程度でいい)、十二分に愉しめる作品であるだけに残念ではあるが、他の作品との比較の結果、このような結論となった。

最後の落選作もまた、残念な1本である。伊藤水流『一六〇X』は、様々な小道具を駆使した時代アクション劇である。前半のキャラクターの行動が後半で伏線として活用されている箇所も少なくなく、そこここで愉しめる作品であった。しかも、それらのアクションの連続で読者の目をひきつけつつ、その背後に、一つの大きな陰謀を隠すあたりに、ミステリ作家としてのセンスを感じて高く評価した。しかしながら、伏線の使い方はともかく、アクションの見せ場のそれぞれを単独で眺めてみると新鮮さに欠けること(たしかにバック・トゥ・ザ・フューチャーやらインディー・ジョーンズやらの仕掛けである)、そして、時代小説の基本をあまりに逸脱した文章であることが批判され、落選となった。落選原因、特に、現代小説的な文章と時代小説的な文章の混交という点に関していえば、実に中途半端であったといえよう。あえて現代小説的な言葉遣いに統一するなどの実験的手法も可能であったと思うし、そうすればそれが作者の姿勢として、賛否いずれかの評価となったであろうが、今回の場合は、ただ単に言葉遣いが入り混じっているだけとしか見えず、それ故に減点の対象にしかならなかった。伏線の張り方やミスディレクションの使い方に感じられる冴えを活かすためにも、要素ごとのアイディアをもう一磨きして独自性をしっかり強調することと、それらを読者に提示するための文章にもっと気を配って頂きたいと思う。そうすれば、この作家、かなりのレベルの作品を完成させることができると思う。

続いて、予選通過の5本について。

1次で自分が推した作品という贔屓目を抜きにしても、最も好感を抱けたのがサワダゴロウ『オセロゲーム』である。コンパクトに無駄なく面白さを凝縮した作品であり、実にお洒落であるといえよう。応募の規定枚数という「他人が決めた枠」を意識し、そこにぎちぎちに情報やエピソードを詰め込んだ作品ばかりでなく、作品の本質主体で、それに相応しい枚数で仕上げてきた『オセロゲーム』のような作品も、最終選考において内容本意で正当に評価されることを期待している。

水原秀策『スロウ・カーヴ』は、野球界のことがきちんと書けており、その上でミステリとしても手堅くまとまった1本。スラスラと愉しく読めた。減点要素は少ないが、犯人の設定にもう一工夫欲しかった。

深野カイム『パウロの後継』は、『スロウ・カーヴ』以上に、無難に愉しめる作品である。リベリアという題材も興味深いものであるが、その素材を、強烈な読後感を残すかたちでは活かしきれなかったのが惜しまれる。

町井登志夫『血液魚雷』は、血管のなかの冒険行に抜群の迫力があり、そこを評価した。それに比べてキャラクターが圧倒的に薄い点と、他の候補作より漢字の誤変換が多かった点は、反省要素となろう。

古川敦史『果てなき渇きに眼を覚まし』は、最も筆力を感じさせた1本。キャラクターの情念が読者の心に強引に侵入してくるほどの筆力は、もはやプロ並みといってよいだろう。今回もその点を評価しての最終候補である。あとは、その筆力で何を描くか。それぞれの場面ごとの刹那的な負の感情の爆発ではなく、1本の小説として読者に伝えるものを何にするかが、この作者が今後飛躍するために大切なポイントとなってくると思われる。エネルギーは十分に伝わってくるのだ。そのエネルギーをどこに向けるかが勝負となろう。

これら五つの最終候補作をどう評価するか。最終選考委員の判断が愉しみである。

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