2次選考の結果、最終候補作は以下の5作に決定しました。
本賞では、荒削りでも未知の可能性やオリジナリティの感じられる作品を評価します。今回、選にもれた方、応募を見送られた方も、2次選考選評ならびに10月上旬に発表する最終選考結果を参考にしていただき、第3回『このミステリーがすごい!』大賞にぜひご応募ください。第3回の募集要項は大賞発表時に本サイトに掲載します。
(『このミス』大賞事務局)
満州国の歪みの中で生きてきた男は満州国崩壊を目論み溥儀の暗殺を計画するが…。満州国建国前夜の秘話
犯人グループが標榜するのは「身代金ゼロ!せしめる金は五億円!」。誘拐ミステリーに新機軸を打ち出した画期的作品
おとなしい漫画家志望の少年が、気難しい強面の刑事になったきっかけ。その背後に隠れた真実が、悲劇の歯車を回す
日露戦争当時の日本と中国を舞台にした大活劇--いまどき貴重なワクワク感に満ちた小説
<プチノワール>か<軽ノワール>か、それとも実は<ハードボイルド>なのか。小悪党小説ファンはともかく読め
2次選考選評
第2回も水準の高い原稿が集まり、ひとまず胸をなでおろした。少なくとも、「これはひどい」と床に投げつけたくなるような応募作は一篇もなかった。
2次予選を通過させた五篇のうち、一番感心したのは『夜の河にすべてを流せ』だった。誘拐ミステリーの新機軸であるというだけでも注目に値するのに、長篇のネタになりそうな複数の素材が惜しげもなく投入され、先の読めないサスペンスフルな物語が織り上げられている。やや多めの登場人物たちが、ひとりひとり極めて個性的に描き分けられている点も高評価に結びついた。現在のハイテク水準ではまだちょっと難しいのではと思われるくだりもあるが、そういうことが可能になった近未来が舞台であると考えれば何も問題はない。
予選を通すことに誰も異論を唱えなかった『夜の河にすべてを流せ』に対し、賛否両論が極端に分かれたのが『愛は銃弾』と『ビッグボーナス』である。前者は、トマス・H・クック風の「回想もの」で、やや付け足しめいたラストを除けば完成度の高い作品に仕上がっているが、癖のある文体は好みが分かれるところだろう。個人的にはさほど違和感は覚えなかった。後者については、私は否定派に廻った。凄絶(せいそう)な破局に向けてなだれこむ迫力充分の後半はともかく、事件らしい事件がなかなか起こらない前半は、私のミステリー観からすると許容範囲外にある。ただし、裏社会に通暁しているらしい点は、小説家として大きな武器になり得るだろう。
『昭和に滅びし神話』と『葡萄酒の赤は血のかほり』は好対照を成す作品である。両方とも、かつて日本という国家が体験した戦争を題材に選んだ小説だが、満州国建国を背景とする前者はひたすら悽愴なシリアス・タッチで読む者を圧倒し、日露戦争を扱った後者は軽妙なキャラクター造型とフーダニットの興味で飽きさせない。余りにも方向性が異なるため、どちらかを落とすという判断が誰にもできず、揃って予選を通過することとなった。
ここから先は、惜しくも2次選考止まりだった作品についての感想である。『エンジェル誕生』と『迷走台風』は、どちらもそれなりの完成度を示しており、大きな欠点も見つからない。プロ作家のルーティン・ワークとしてなら、たぶん出版を許可されるレヴェルだろう。とはいえ、新人賞の大賞を獲得するには、纏(まと)まりの良さ、破綻のなさといった長所の他に、書き手の強烈な個性を感じさせる何かがないと難しいのである。資質はある人たちだと思うので敢えて厳しいことを書くが、このままでは万年予選止まりになってしまう瀬戸際にいることを自覚していただきたい。
『ウォール・シティ』は典型的な「前半傑作」。読み始めてしばらくの頃、「これは傑作かも」という感想を抱いただけに惜しい。ある原因不明の難病の発生をきっかけに日本国内にできた、治外法権的な都市の成立の過程を説明するくだりの、どこかシニカルな筆致など、ぞくぞくするほど面白かった。問題は後半部、特に結末。ネタに関連するので具体的に説明するわけには行かないのだが、黒幕的存在の取った手段が、動機のスケールの小ささと釣り合いがとれておらず、それでいて読み手の予想範囲内に収まっている。
『鉄砲弥八捕物風呂敷』は、今回唯一の連作短篇集。文章といい知識といい、安心して読める水準にある捕物帳だが、探偵役が真相に到達しないというアントニイ・バークリー風の趣向が、いささか空回りしている気がしてならない。タイトルロールの弥八がロジャー・シェリンガム(バークリーの小説に登場する探偵役)さながら、「迷探偵」的なキャラクターとして設定されているのは構わないけれども、彼の手柄話を聞いて裏の真相を推理する語り手までが似たりよったりの設定で、読者にだけ真相がぼんやり暗示されるというのでは消化不良感を免れない。
『月虹騎士団秘録 ランスイル城奇譚』は、昨年も2次予選まで残った応募者の再挑戦原稿だが、前回の応募作の水準を超えるものではなかった。異世界本格ミステリーに挑むなら、キャラクターのネーミング、地名、架空の職業名などといった細部にこそ、もっと神経を遣っていただきたい。
なお、今回はほとんどの応募原稿に、漢字の変換ミスが多かったことを付言しておく。
第1回『このミステリーがすごい!』大賞は僥倖(ぎょうこう)に恵まれた、と言わざるを得ない。応募期間が実質、半年余りだったにもかかわらず、また周知徹底が充分と言い難い状況にあったにもかかわらず、大賞金賞受賞作『四日間の奇蹟』の浅倉卓弥氏、銀賞受賞作『逃亡作法』の東山彰良氏、優秀賞『沈むさかな』の式田ティエン氏と、才能煌めく新人を3人も輩出することが出来た。最終候補に残った“隠し玉”の上甲宣之氏『そのケータイはXXで』を含めると、この賞からすでに4人の作家が巣立ったことになる。
出来過ぎ――と言っていいだろう。
正直に告白すれば、今回の1次通過作品を読むにあたって、少なからぬ不安があった。野に遺賢ありとは言え、毎年そうそう巷に才能が転がっている訳ではない。まして新設間もないこの賞に、仮にいたとして野の遺賢が、まみえる保証はまるでない。何しろ去年が出来過ぎなのである。刈り取り過ぎた分、もしかしたら今年は、収穫がないのではないか。大賞はおろか、優秀賞クラスすら残ってないのではないか、という一抹の不安があったのは事実だ。
しかしその不安は、まったくの杞憂に終わった。
疑心を吹き飛ばしてくれたのは、柳原慧『夜の河にすべてを流せ』である。誘拐ミステリーに新機軸を打ち立て、斬新な着想を第一級の作品として結実させた実力は、文句のつけようがない。筆力、人物造形、プロット――そのいずれもが、新人の域を遙に凌駕している。まさに、野の遺賢、今年も見参! である。
評価が分かれたのは島村ジョージ『愛は銃弾』とハセノバクシンオー『ビッグボーナス』だ。その是非および評価は、本選考会の席で心置きなく披瀝(ひれき)したい。 横山仁『昭和に滅びし神話』と浜田浩臣『葡萄酒の赤は血のかほり』の2作が最終候補に選ばれた経緯については、他の2次選考委員が指摘している通りである。これも詳しい選評は、本選考会の席上で明らかにしたいと思う。
選に洩れた応募作のうち、個人的に惜しまれるのは和喰博司『迷走台風』と飯嶋一次『鉄砲弥八捕物風呂敷』だ。前者は、自らの経験と知識を生かした気象全般のディテールが実に読ませるものの、ダイイング・メッセージに代表されるミステリー的仕掛けとリアリティに下支えされたハードボイルド・タッチの物語世界が、上手く溶け合っていない憾(うら)みが残った。文章にも青臭さが散見され、本格的興趣とハードボイルド的興趣の融合というその志は買うが、どちらも中途半端に終始した感は否めない。後者は、飄々とした文体と奇妙な味のユーモアに好感をもった。一篇一篇の完成度は決して低くない。が、連作短篇集として見た場合、ことにこうした長編発掘の新人賞に応募された作品として見た場合、整理不足、消化不良の指摘は免れないだろう。連作集は「長編」としての何らかの仕掛けがない限り、この賞での受賞は難しいのではないかと、個人的に思う。
葉月堅『ウォール・シティ』は設定が面白い。前半はくいくい読ませて期待されるのだが、先に行くほど残念ながら尻つぼみになる。設定の妙に見合うだけの作家的体力を身につけた上での、捲土重来を期待したい。
倉木麻『エンジェル誕生』は纏まりのある作品である。ノベルス新書で読まされたとしても何の不満もない。が同時に、新鮮さも感じられない作品だ。何かしら突き抜けるものがないと、単に纏まりがいいだけでは最終には残れないと思う――少なくともこの賞では。
尾関修一『月虹騎士団秘録 ランスイル城奇譚』は、去年も1次を通過した応募者だけに期待していたが、あらゆる面で前作を下回っていたと言わざるを得ない。一言で言って、推敲不足である。
新人作家の真価が問われるのは第2作以降である。同様に新設された新人賞の真価が問われるのも、2回目以降だろう。その意味からも、大いなる手応えを感じさせる最終候補が揃った。
期待していただいて、結構だ。
昨年の『四日間の奇蹟』が新人離れした完成度を誇っていただけに、今年の最終候補作として、どこまで質の高いものを揃えられるか、当初はいささか不安であった。
だが、最初に手に取った応募作が、その不安を完璧なまでに解消してくれた。柳原慧の『夜の河にすべてを流せ』が、それである。
誰も殺さない、誰も損をしない。せしめる金は五億円――というのは、『夜の川にすべてを流せ』で描いた犯罪計画の概要を紹介する著者自身の言葉であるが、まず、この着想が魅力的である。どうやって誰にも損をさせずに五億円をせしめるのかという関心を強烈にかきたててくれる。しかも、著者はこの犯罪を行う面々として、非常に個性的な人物たちを配しており、彼等の行動がまた読者を惹きつけるのだ。さらに、犯罪チームに対抗する警察側のキャラクターも尖っており、両陣営の知恵比べが一層スリリングなものとなっている。そればかりではない。第3の陣営も登場し、展開も先を読ませないものとなっているのだ。
とまあこんな具合に「プランよし、キャラクターよし、プロットよし」となれば気になるのは着地であるが、これも柳原慧は見事に決めてみせた。知的で、躍動感に満ち、題材の新鮮さも十分に感じさせるこの一冊を、一刻も早く読者に愉しんで貰いたいという気持ちでいっぱいである。
次に読んだ島村ジョージの『愛は銃弾』もまた、読み応えのある作品であった。昨年も最終候補となった島村ジョージだが、今年も期待に違わぬ力作を読ませてくれた。しかも、冒険小説風の恋愛小説をミステリ的興味で支えた昨年とは異なった世界を描いて……。
白薔薇館という洋館にひっそりと暮らす年上の美少女と、彼女を慕う中学三年生の主人公という序盤の設定は、それだけを聞くと、一部の(あるいは多くの)読者に敬遠されるかもしれない。昨年の応募作に対して選考会の過程で示された「青臭い」というような批判が今回も当てはまるような世界だからである。しかも、その美少女が殺された事件を、三十年後も主人公が追求し続けるという設定にもまた過剰なまでの青臭さが感じられるかもしれない。しかしながら、そうした主人公の生真面目すぎるほどのひたむきさが、大きな魅力となってこの小説をぐいぐいと引っ張っていくのだ。その魅力はといえば、2次選考対象作のなかで一二を争うほどと言っても過言ではない。
その魅力を伝える文章は、いささか大仰すぎるところもあるが、まずは水準以上であるし、ストーリー展開にも、後半にネタを盛り込みすぎたというきらいはなくもないが、大きな破綻はない。要するに、臭みを気にせずにいられるかどうかに、この作品の評価はかかっているのだ。それだけに、著者は自分の持つ臭みにもう少し自覚的になった方がよいのではないかと思う。ちょっとした配慮で臭みが抜け、作品が一皮むけるであろうから。
さて、最初に読んだ2作が高水準であったせいか、それ以降の作品はいささか色褪せて見えた。『ウォール・シティ』は設定の妙だけだし、『迷走台風』は最大の魅力となるはずの台風が活かされておらず(この著者はデズモンド・バグリイ『ハリケーン』や若竹七海『火天風神』を読んでいるかな?)、『エンジェル誕生』は結末のアイディアは面白いが、冒頭から八割程度までは比較的あからさまなネタの再確認に過ぎないのでプロット面での緊張感に欠け、『ランスイル城奇譚』は特殊な世界の描写に紙数を費やしすぎているといった具合。『鉄砲弥八捕物風呂敷』は十分に愉しめたが、複数のエピソードで主人公を紹介する記述が重複しているなど、書き下ろし長篇の賞に応募するには整理不足である。
こういった調子で、かなり高い水準に基準をおいて候補作を読み進んでいったわけだが、そのハードルをクリアする作品もしっかりと存在していた。例えば、満州を舞台にした二作――横山仁『昭和に滅びし神話』と浜田浩臣『葡萄酒の赤は血のかほり』である。これらは、前者が満州国の有り様を正面からきっちりと描いた冒険小説であるのに対し、後者がユーモアを交えた活劇小説であるという意味で、まさしく表裏一体となっているような関係にある。選考会の席上では、題材が重複するだけにどちらか一方に絞ろうかという意見も一旦は出たが、内容的に水準以上のものを落とす必要はあるまいということで、両者を最終選考に残した。二作あわせて読むことができたというのも、それはそれで贅沢なことであると感じている。
および軽妙にしてスリリングなハセノバクシンオーの『ビッグボーナス』もまた、水準をクリアした一冊である。語り口の魅力という点では、この作品が全作品のなかで最高であった。力の抜け具合が絶妙であり、そのくせ肝心な場面では、きちんと熱が入っているという次第。ただ者ではないセンスが感じられる。大化けするとすれば、この作者か?
いずれにせよ、この五作から大賞が出るのであれば不満はない。昨年に引き続き、質の高い作品と出会えたことを嬉しく思う。